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~空を舞うプリマドンナ《an・na》~
【キャハハ……そんなちっぽけなママの口紅で、どうやってアタシを始末するわけ!?お馬鹿さん、アンタと違ってアタシは自信に満ち溢れてるのよ!!子豚みたいなお友達にしか優越感を感じられない__強い部分を露に出来ないちっぽけなアンタと違ってアタシは皆に可愛いかられてる!!パパだってアタシを愛してくれてるし、ママだって……】
そこで、一度【an・na】の言葉が詰まるのを僕は見逃さなかった。でも、それは一瞬だけですぐに【an・na】は甲高い声を取り戻し___クスクスと笑いながら自信満々な様子で遥か下にいる僕へと言い放つ。
【ママだってアタシを愛してくれてる!!】
(違う、違う___それは嘘だ……だって本当に僕をありのまま愛してくれているなら食べ物に毒を少しずつ入れたりなんかしないし、朝の行ってきますのキスだってしてくれる……ママは僕を心から愛してなんかいなかった……彼女は認めたくないんだ……それに囚われてるけど本当は救われたいんだ……分かるよ、だって彼女は僕の半分なんだから……っ……)
【an・na】の言うとおり、ただ口紅を具現化しただけでは___今の状況は何ら変わらない。まずは、彼女を蜘蛛の巣のように張り巡らされてる綱の上から地上へと引き摺り下ろす必要があるのだ。
しかし、肝心のその方法が思い浮かばない。
せめて、何か―――優雅に綱の上で舞い踊り続け余裕綽々の彼女を油断させる方法でもあれば足を滑らせて地上まで落とせるかもしれないのに___。
と、万事休すといった状況を迎え窮地にたたされてる僕の目に床に転がっているある物が飛び込んできた。それは、小さな赤いカラーボールで何処かで見た覚えがある物だ。いつ、どこで見たものだったか―――と考えを張り巡らしていると不意にある記憶が頭の中に思い浮かんだ。
奇妙な出で立ちをして今は観客席で僕の様子を傍観しているピエロにこの不気味なサーカス会場へと誘われた時に見た__ポン、ポンとに跳ねる赤いカラーボールだ。けれども、あの時のようにカラーボールは跳ねてはいない。
上手くいく自信なんかない___。
こうするのが正解なのかどうかさえ分からない___。
しかし、可能性が僅かにでもあるのなら僕はどんな事も試したかった。だからこそ、今―――観客席で傍観している【ピエロ】へとすがるように目線を送るのだった。
あのカラーボールが天井に張り巡らされた綱の上まで届けば、もしかしたら油断した彼女は地上にまで落ちてくるかもしれない。かなり危険な賭けだけれど、もはやこうするしか僕と彼女を救う道がないと思ったのだ。
ポン、ポンッ……
カラーボールが小さくとはいえ跳ね出した___。
運が良い事に天井にいる【an・na】には__自信たっぷりに舞い踊る彼女には地上で転がるカラーボールの事は気付かれていない。
だけど、それだけでは天井まで張り巡らされてる蜘蛛の巣のような綱の上までは届かない。そう思い直した僕は慌ててカラーボールの方まで行くと、カラーボールが跳ねるリズムに合わせて勢いよくそれを地面に叩き付ける。
そして、跳ねる勢いを増したカラーボールは一直線に【an・na】が爪先立ちしている綱の上目掛けて飛んでいくのだった。
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