85 / 98

~ボクは【道化師P・E】だから~

スポットライトの眩い光が当たり、チリチリと身を焦がしてしまいそうな熱さが僕に襲いかかってきた後のこと。 アインスの美しい両腕がナイフの刃みたいにギラギラと光り輝いて、尚且つ前にテレビで見た事がある日本で使用する鎌のような形状へと変化する。真っ白な兎みたいにフワフワなチュチュを着て両足にはピンク色のトゥシューズを履いている天使みたいな女の子のお人形なのに、両腕だけが――恐ろしい武器と化して慌てふためくしか出来ない【小さなアレン】である僕を傷つけるべく、バレエには欠かせないピルエットと呼ばれる回転をしつつ攻撃を仕掛けてくるのだ。 鋭く尖った両腕を優雅に動かしながら、アインスと呼ばれたバレリーナのお人形は僕を切り裂こうと素早く移動して僕を窮地に追い込む。 危険なのはアインスと呼ばれたバレリーナのお人形だけじゃない。 アインスとタッグを組むように、赤一色のチュチュに身を包んだツヴァイと呼ばれたバレリーナのお人形が石のように重たいトゥシューズの先端を容赦なく蹴り上げつつ容赦なく僕へ蹴り攻撃をくらわせようとしてくる。逃げるだけで精一杯だ。グランバットマンというバレエの動きに酷似しているせいで客席からは優雅に見えるかもしれないけれども、もしもあんな攻撃をマトモにくらってしまったら動けなくなってしまうかもしれないと危機感を抱いてしまった僕は――必死で逃げる事しか出来ないのだ。 その一方で____、 【ドライ】と呼ばれた水色のチュチュを身に纏っているバレリーナのお人形は――逃げ惑うアリのようなちっぽけな僕に対して何もしてこようとはしない。それはそれで不気味で__アインスとツヴァイの攻撃を無我夢中で避けながらもちら、と一瞥してしまう。 悲しげな顔を浮かべている【ドライ】が__そこにいた。いや、悲しげなんて顔じゃない。ぽろ、ぽろと涙をこぼしながら__手に持っている四角い黒の箱をジッと見つめている。 「…………?」 (何だろう……あの__黒い箱――って、それよりも……エディを救うためには彼の弱点を見つけなくちゃ……エディの弱点――) その時、ふっ……と思い浮かんだ。 弱点とは、必ずしもその本人にとって都合の悪い事や怖い事ばかりじゃなく――場合によっては途徹もない喜びを感じた時にも弱点となり得るんじゃないのかと___。 そして、まるで洪水のように――今までの記憶が僕の脳から掘り起こされていく。 あの、エディのクローゼットに半ば強制的に連れてこられた時のピエロのビックリ箱を前にした場面で聞いた何かを擦るような不思議な音__。確かに、僕の耳にはシュッ、シュッ__と奇妙な音が聞こえていた。 今、やっとその意味に気付いた____。 エディは、ずっと前から__自分を僕に倒してくれるようにするためにヒントをくれていたと__。 『おい、エディ……お前__男のくせにマッチに火をつけるだけの事が怖いのかよ!?』 『情けねえな……小豚のエディ!!ジャックも何か言えよ!!』 『この…………弱虫野郎が――』 ふと、まだジャックが生きていて__パパも生きていた時のクラスでの授業中の会話が僕の頭をよぎる。僕とジャックの取り巻きがエディを馬鹿にして、エディが何も言えずにうつむいていた、あの時――僕はこう言った。 『みんな、いい加減に止めなよ__エディは弱虫なんかじゃない……とっても強い子なんだから……』 いつもエディが皆から苛められて見て見ぬふりしてただけの僕が、あの時だけはハッキリと怒りのこもった口調で言い放った言葉を聞いて__エディは何も言わないまま目に涙を溜めながらうっすらと微笑んでいた。 結局、震える手でエディはおそるおそるマッチに火をつけて手に軽い火傷を負ってしまったせいで僕が保健室に連れていく羽目になってしまったけれど、その間もエディはずっと嬉しそうだったのを__今、やっと思い出した。 (もしかして……エディの弱点って__いや、ぐずぐず迷っている暇なんかない……僕はエディが囚われていた苦しみから救うんだ……っ……) おそらく、【弱点】を__狂ったサーカスの団員の道化師と化してしまったエディに突き付けてしまった時点でエディと築いてきた元の関係に戻れなくなるかもしれない__それどころか、もしかしたら永遠に会えなくなるかもしらない__そんな不安と恐怖の混じった負の感情が僕の心を圧迫する。 三人のバレリーナのお人形(主にアインスとツヴァイからだけども)から繰り出される攻撃を無我夢中で避けるのにも限界が近づいてきている、と悟った僕は右手に持っているスノードロップの花を一振りした。 みるみる内に、スノードロップの花がマッチ箱へと変わっていく。そして、完全にスノードロップが【マッチ箱】へと変化したのをチラリと確認した僕は__中からマッチ棒を一本取り出すと、それを素早く擦り上げた。 シュッ、シュッ…………という独特な音が辺りに響いた後で__相変わらず此方へ奇怪な攻撃を繰り出してくる三人のバレリーナのお人形へ向かって勢いよく燃えているマッチ棒を放り投げるのだった。

ともだちにシェアしよう!