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~ボクは【道化師P・E】だけど、さようなら~

アインス、ツヴァイ、それにみそっかすなドライは僕が炎が激しく燃え盛るマッチ棒を放り投げてから暫くした後で熱で溶ける蝋燭のように__呆気なく消え去った。 でも、【ゴムで出来た蜘蛛のオモチャ】と__それによって操られてしまっているピエロのエディは消えはしない。ゴムで覆われた全身が激しく燃えていても、それをものともせずに僕よりも遥かに大きな【ゴムで出来た蜘蛛のオモチャ】は、まるで親が子供を守るようにして__或いは兄が弟を守るようにしてピエロのエディを全ての足を器用に使い、抱きかかえるような行動をとっている。 真上から降り注ぐスポットライトの輝きが相変わらず目に眩しい。けれど、僕はごう、ごうと燃え盛る炎に襲われながらも微動だにしない【エディを守る素振りをするゴムで出来た蜘蛛のオモチャ】を前にして足がすくんでしまっていた。それは、僕よりも遥かに大きな【ゴムで出来た蜘蛛のオモチャ】を前にしてただ単に恐怖を感じたからじゃない。 うまく言えないけれども、【ゴムで出来た蜘蛛のオモチャ】がいくら燃えにくいとはいえごう、ごうと燃え盛る炎に包まれながらも、エディを守るようにして抱きかかえるという行動に対して、ある種の覚悟があるのではないか__という根拠のない不安に襲われたからだ。 【ア、アレン……ボ、ボクにとっての弱点――それは君自身が側にいてくれていた事だ。君はボクを見下しながらも……ずっと側にいてくれた……それに、君のパパとの逢瀬の時にタバコに火をつけるためにマッチを擦る癖をずっと見てたせいで不安と恐怖に囚われていて学校での授業で擦れない僕を庇ってくれた__ボ、ボクはジャックを奪った君を憎く思いながらも――心の底では君を……愛していたんだ】 「エディ…………」 そのピエロのエディの本心を聞いた途端に、ポロッと一筋の涙が頬を伝い、いつの間にか本来の狂ったサーカス会場に戻っていた木の床へ吸い込まれるようにして落ちていく。 【こ、この狂ったサーカスの団員達は……弱点を目の当たりにさせられると存在さえも消える……つ、つまり__君とはもう二度と会えなくなるということ。ア、アレン……ボクの決断を見つめていて……っ……ア、アレンが見つめていてくれなくちゃ__このボクの決断は意味がないんだ……さ、さようなら__アレン……それと君の大切な家族まで巻き込んでしまって……ご、ごめんなさい】 消え入るような声で__燃え盛る【ゴムで出来た蜘蛛のオモチャ】に抱きかかえられ尚且つ守螺れてるピエロのエディが謝罪の言葉を口にする。 と、その時____今までは自身の意思ではなく、巨大な【ゴムで出来た蜘蛛のオモチャ】の白い糸によって操られてしまっていただけのピエロのエディが思いも寄らない行動に出る。最後の力を振り絞って、左手に持っていた【黒いスノードロップの花】の形を割れた鏡の破片へと変えたのだ。手から血が流れ、床が汚れるのを気にしている素振りはエディから全く感じられない。 しかも、単に形を鋭く光る鏡の破片へと変えただけじゃなくピエロのエディは__巨大な【ゴム出来た蜘蛛のオモチャ】の白い糸に操られている訳ではないのに左手を勢いよく己の左胸に移動させようとしていた。 「ダメ……ダメだよ……ッ……エディ……!!」 エディはこの狂ったサーカスの舞台上で命を落とすつもりだ、全てを終わらすつもりだ――と悟った僕は涙で顔がグシャグシャになるのもお構い無しに必死でエディに向かって叫びながら、己の足にも関わらず言うことを聞いてくれない体を無理やり動かしてエディを救うために走り出した__その時だった。 突然、真上から先程まで僕らをしつこいくらいに照らし続けていたスポットライトが落ちてきて、グシャッ……という音を立てる間もなく__炎は徐々に鎮火しつつあったとはいえ未だに燃えていた巨大な【ゴムで出来た蜘蛛のオモチャ】と、自らを断罪するために命を落とそうとしていたピエロのエディをあっという間に押し潰した。 「エディ……!?エディ__しっかりして……っ……」 「…………」 エディは一言も話さない____。 とにかく、彼の左手に握りしめられたままの綺麗な状態のナイフを奪い取った後で、僕は背後からいきなり何者かの手によってグイッと腕を引き寄せられてしまうのだった。 その瞬間、観客席で傍観している悪趣味な【紳士淑女の皆様方】の色めきだった声が辺り一面に響き渡る。 『___団長だ、団長Rのお出ましだ!!』 『本当に素敵__すれ違うだけで、周りを振り向かせるくらいに目立っている団長Rなだけはあるわ……彼にはカリスマ性があるのよ』 無表情なままのマネキン__【紳士淑女の皆様方】はエディを失って心身が弱っている僕の気持ちを踏みにじるように好き勝手な言葉を言っている。 けれども、そんな事などどうでもよくなるくらいに僕は目の前に立ちはだかってきた団長【R】に釘付けとなってしまっていた。 それは、狂ったサーカス団を率いていたであろう団長【R】が__僕も見知った人物だったからだ。

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