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★【団長R】が奇妙なサーカスの真実を届けにくるよ★

診察台の上からライトの光で照らされているのと、斜めになって倒れている医療棚と診察台の間の距離はそんなに離れておらず、もしも僕が床に落ちている薬瓶の欠片を踏んだりして物音を立ててしまったら__すぐに気がつかれて終うのではないから、と不安を抱くくらいには近い。 唯一の救いは、猟銃を持ったヤツの顔が紙袋に覆われてしまっていることくらいだろう。しかし、物陰からヤツを観察している内に、ある重要なことに気付いてしまった。 (あの紙袋……僕の家の近くにあるスーパーのものだ……それに……この匂い__どこかで……っ……) ヤツが僕の隠れている医療棚に一歩、一歩近づいていく度に濃い緑色のハンティングウェアを着こんだ体からモクモクと煙が立ち上がっていく。それだけではなくて、白い煙が部屋に立ち込める度に僕の鼻を__身に覚えのある香りが刺激した。 かつて、パパが生きている時に好んで吸っていた煙草の香り――コーヒーの香りだ。神経質で頑固ともいえるパパはこれしか吸わなかったし、コーヒーフレーバーの煙草を買うのは絶対に紙袋に描かれている【ビルドマート】というスーパーでしか買わなかった。 「パパ…………?」 思わず消え入りそうな、か細い声でひとり言のうに問いかけてしまったものの、何の反応もなくて僕は寂しいやらホッとするやらといったモヤモヤした複雑な気持ちを抱いた。 しかし、そんなことを思ってホッとしたのは間違いだったと気付かされたのは、それからすぐ後のことだ__。 バンッ__、 バン、バンッ____!! 突然、今まで獲物である僕をただ単に探していただけの【猟銃を持つパパ】が医療棚に隠れる僕を狙ってではなく、所々ひび割れているコンクリートを隙間にボウボウと生えている雑草を目掛けて弾を打ってきたのだ。 それも、一発だけじゃなくて何発も、何発も__紙袋を被っているせいでくぐもった笑い声を響かせながら雑草に向けてヤツは弾を打っている。 正確には単純かつ無鉄砲にコンクリートの隙間からボウボウと生えている雑草を狙っているわけじゃないと気付いたのは、それから少ししてからのことだった。 生前のパパそっくりな香りを纏っているヤツは、僕を狙って猟銃を放っている訳ではなかった。 ボウボウに生い茂る雑草に身を隠していた【ウソ】という鳥に向かって銃口から放っているのだった。慣れた手つきで、鳥だけを狙って猟銃を操るパパは《いつも穏やかでニコニコしていた》生前の姿とは違ってまるで別人みたいだ 僕が、そのことに気付いた途端に今までは単なる灰色のコンクリートの壁がおどろおどろしく変化していく。所々、ヒビ割れてる壁の四方八方を埋め尽くしてしまう程に【血走った誰かの目玉】が浮き上がり――尚且つ、ギョロギョロと動き回る。 「ひ……っ___!?」 悲鳴が出そうになるのを、僕は口元を両手で抑えながら必死で堪える。でも、心臓はバクバクと鼓動を打ち凄まじい恐怖が襲いかかってきて止まってはくれない。 そして、そんな僕を嘲笑うかのように部屋中にパトカーのサイレンのような甲高い音が鳴り響いてきて、僕はこの凄まじい恐怖の部屋から逃れるために行動することを決意する。 手に持っている両耳にリボンがついたウサギのぬいぐるみも、こう示してくれている。いつの間にか、ウサギのぬいぐるみの股関の部分がヒビ割れて綿が出ていたけれど、それよりも凄まじい恐怖から逃れるために視線を下へと移した僕の目に真っ先に飛び込んできたのは、 【 Use your head !!(頭を使え)】 という、命令口調の謎の言葉だった。いつの間にか、僕が気付かないうちにウサギのぬいぐるみの腹辺りに真っ赤な文字で浮かびあがっていた。 その後、ウサギのぬいぐるみに命令されるがままに頭を振り絞って考えた答え____。 それは、何か部屋から脱出するためのヒントがこの中にあるのではないか――という単純ともいえるようなものだった。

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