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★団長【R】が《奇妙なサーカスの真実》を届けにくるよ★

この四角い箱のような部屋の中で、脱出に必要なキーアイテムとして成り得そうな物は何か――と物陰で膝をかかえ怯えながらも必死に考え抜いたうえで導き出した答え____。 廃墟同然ともいえるようなこの四角い箱の中で、もう使えそうにないボロボロの物が置き去りにされた唯一使えそうな物【ライトが点滅してる】__その光景が僕の目には、異様に不気味に思えた。 けれども、それと同時に__こうも思えた。 (もしも、このウサギのぬいぐるみを手術台の上に置いたら……何か起こるのかな……) 居てもたってもいられず、僕はビルドマートの紙袋を頭に被った男(パパ)に気づかれないように細心の注意を払いながら少し離れた手術台まで近づいていく。 そして、おそるおそる手を伸ばすと【ライトが点滅している手術台】の上に両耳にリボンのついているウサギのぬいぐるみを置いた。 手術台の上には、治療される患者がいなくちゃ__と僕が思った途端、どこからか救急車のサイレンの音が聞こえてくる。 その音が、あまりにもけたたましくて両耳を手でふさぎ__尚且つ、両目をギュッと瞑ってしまう。『グアァ……ッ……』というパパそっくりな男の悲鳴が聞こえたけれど、それでも僕はこの異様な光景と今までこの身に襲いかかってきた異変から逃れるかのように目を瞑っていた。 そして、再び目を開けた時には__廃墟のようにボロい四角い部屋ではなく、また新たな場所に連れて来られたことに気付いて呆然とその場に立ち尽くすのだった。 ※ ※ ※ 明るい日差しが、僕の顔に照りつける___。 もちろん、ビルドマートの紙袋を被って猟銃を自在に操っていた男はここにはいない。 それほどに、周りをぐるりと緑で囲まれている場所は清々しく爽やかだ。チュン、チュンと鳥の囀りまで聞こえてくる。真上には雲ひとつない青空が広がり、真下には彩りの花まで咲いている。 僕は、この場所に見覚えがあった。 かつて、僕とエディ__それに、もう生きてはいないジャックと共に何度も来ていた近所の公園内にある林だ。 『おい、アレン……豚みたいなエディなんか放っておいて――こっちで木登りしようぜ?』 『ボ、ボク……ボクは……』 『ジャック、弱虫エディのこと……いじめたら可哀想だよ?僕らは、仲間なんだから……ねえ、エディ?』 かつて、三人ではしゃいでいて、駆け回っていたあの時間が__ただ、ひたすら懐かしい。エディも、ジャックも僕を放って遠い所に行ってしまったという事を嘆く暇さえなく、再び異変が襲いかかる。 公園内にある林の出口に向かって真っ直ぐ続い ている獣道に、右脇にある木の陰からピョコッとウサギのぬいぐるみが現れたのだ。 僕の前方で、まるで『おいで、おいで』と誘うかのように嬉しそうにダンスをする両耳にリボンのついたウサギのぬいぐるみ――。ふと、気付いたのだけれどもその手には大切そうに絵本を持っている。 と、その時だった____。 遠くの方から、猟銃を放つ音が聞こえてきた。 そのせいで、ウサギのぬいぐるみはその身を翻すと、そのまま林の出口の方へと向かって走り出す。だけど、僕の目にはウサギのぬいぐるみは単に驚いて逃げるというよりも、スキップをするようにステップを踏みながら愉快げに走り出しているように見えた。 予想だにしない行動に対して疑問はあるけれど、この林の中に猟銃を持った紙袋の男がいるのであればウジウジと悩んでいる暇などはない――と咄嗟に判断した僕は不安と恐怖を胸に抱えつつ、出口へと向かったウサギのぬいぐるみを追い掛けるのだった。 ※ ※ ※ 【The road to the truth (真実 への 道 ) 】と看板がかけられている青々と生い茂る木々のトンネルをくぐり抜けると、これまた僕にとって――とても懐かしい光景が目に飛び込んできた。 太陽の光が眩し過ぎて、僕は思わず片腕を上げて顔を遮った。右目しか碌に開けていられない僕の目に飛び込んできたのは、かつて三人でよく遊んだ公園の風景だ。 エディが『怖い、怖い』と泣いてまで乗りたがらなかった僅かな風に煽られただけでグラグラと揺れる観覧車型の遊具____。 ジャックが夢中で遊んでいた、エディが手作りしたパズルみたいな正方形型のジャングルジム(エディ程ではなかったけれど僕も少しだけ怖がっていたっけ)____。 『アレンと一緒に乗るんだ』とジャックとエディが、よく揉めていたギシギシと音のなる古めのシーソー。 そして____、 遊び疲れたエディが、よく休憩していて本を読むために座っていたチョコレート色のベンチ____。 よくよく見てみれば、思い出の中じゃない【今】でも誰かが座って何か本を読んでいるのが分かる。 「エ、エディ…………?」 そんな筈はないのに、僕はおそるおそる近づいて行くと震える声でチョコレート色のベンチに座っている人物へと尋ねる。 【嫌だなぁ――アレン、よりによってキミが__心の底ではバカにしていたエディと、私を間違えるなんて……。ああ、太陽の光のせいで私の顔がよく見れないんだね__ほら、これで顔がよく見えるだろう?】 チョコレート色のベンチに座って本を眺めていたその人物は、被っていた緑色の帽子を脱ぐと同時に僕の方へと顔を向ける。 「ゆ、郵便屋の……おにいさん――?まさか、まさか……おにいさんが、これまでの事を全部行ってたの?エディやジャックに危害をくわえたのも__全部、おにいさんが……っ……!?」 【あれれ、賢い天使みたいなキミなら、もうとっくに分かっているかと思っていたよ?そうだね、ほら……アレン__キミにお手紙を書いたんだ。読んでくれる?嘘偽りのない《真相》がそこに書いてあるよ……読んだら、また私に声をかけて?今、この童話がいい場面に入ったところなんだ。赤ずきんが狼にムシャムシャと食べられようとしてる所さ――】 緑色の帽子を脱いで、かつてのように穏やかな笑みを浮かべてくる郵便屋のおにいさんは、再び赤ずきんの絵本へと目線を向けてしまった。 カサ、カサッ……と音をたてつつ――僕は震える手で手紙を開封するのだった。

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