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episode.1-8

萱島はシアターへと続く長い廊下を、頻りに見回していた。 いつにも増して足元がふわふわしている。 「そこ?」 「10番なんで、未だ奥ですよ」 「…あっち?」 「1番奥です、萱島さん」 此処の映画館は都内でも有数のスケールだ。 まるで迷路のごとく、シアターが幾つも狭い通路で繋がっている。 「ふふ」 また笑う。 一歩手前を行く上司に、戸和は目を細めて問うた。 「楽しいですか」 「楽しい」 振り向く相手に満面の笑みを返された。 暗い背景の筈が、驚く程に眩しかった。 「凄いよな、此処に住んだら1日中映画見られるのかな。お前何番シアターが良い?俺5番かな、売店近いし1番明るいし…」 そんな観点で考えた事も無かった。 萱島は単なる通路を、未知の洞窟にも等しく嬉々と歩いている。 「萱島さん、遊園地行った事あります?」 「ない…けど」 「海は?」 「死体遺棄に車で行った事なら…」 「それは崖でしょう」 突っ込み所は他にもあったが。 この天真爛漫さとの落差へ、つい溜息を吐いていた。 「行きたいなら、何処でも連れていってあげますよ」 「……え」 俄かに萱島の脚が止まる。 なにか鼻白んだ様な、虚を突かれた様な目で瞬きもせず。 「何ですか」 「や、ありがとう…ございます」 言うやまた歩みを再開する。 時折、妙にしおらしくなるのだ。 結局席に着くまで大人しく、萱島は思い詰めた風に口を噤んでいた。 その原因が何処にあったのか、無論青年は知る由もなかったが。

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