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episode.1-10

(手が…) いつも見ていた綺麗な彼の手が。 そして握られた此方の手首には、アメジストが輝いていた。 思わず頬が熱を持つ。 今ならば、この暗闇を寧ろ歓迎した。 「気分悪いですか?」 「大丈夫」 事実もうそっちのことは、どうでも良くなっていた。 然れど、戸和の方は俯く姿を気にしている様だ。 目が、未だ萱島から離れない。 「…暗いの駄目なんですね」 馬鹿にしている気配は無く、親の様な口ぶりで彼は言った。 続けて先に教えて欲しいとも。 けれどそんな事よりも何よりも、何時まで触れているのかとそっちの方が気掛かりで。 新しい焦燥を植え付けられた、一杯一杯の萱島を他所に映画は幕を開けてしまう。 未だ繋がれた手に対し、言及する隙も度胸も封じ込めて。 『――クレイド、君の捜査に関して話が…』 『いつものお小言なら聞き飽きた。後にしてくれ』 英語が1つの情報も残さず過ぎ去る。 ならばと字幕を追えど、同じ事だった。 ストーリーは単純な様で複雑だった。 伏線が散りばめられ、幾つもの要素が絡み合い、そして時間軸が何度も前後した。 初見で大筋すら把握し難い。 その強烈な台本を、誰もが知るスター達が熱演していた。 『さようならビル・トイ…君は世紀の犯罪者だ』 助演男優賞を手にした男が、銀幕の中を走っていた。 萱島は確かに画面を見ていた。 にも関わらず、何一つ収穫は無かった。 世間を騒がす大スターが、鬼気迫る彼らの怪演が。 練りに練られた息つく間もない展開が、時代の最先端を行くCGが 全て単に、繋がれた手の感触に敗北した。 結局上映が終わるまで重ねられたそれに、 萱島はどうしようもないほど自分の恋情を思い知らされた。 部下が少し力を強める度、せっかく纏めに掛かった思考を取られ、果てはぐちゃぐちゃにされ。 (…何の映画だっけ) 憎らしい程に、手の温度が愛おしい。 勿体無く、離れ難い至福の時間へ。 まるで見る気もない癖に、フィルムの端と端をくっつけ、一生この上映が続けば良いとさえ思った。

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