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episode.1-12
「良いか、戸和。24歳の俺に期待しろよ」
ポケットに手を入れ、前方を行く萱島が振り返った。
また何か言い出した。
戸和が配慮から溜息を封じる。
「何か劇的に変わるんですか」
「お前の仕事とか全部俺がやるから。お前は今に暇を持て余す、今の内に趣味とか探しとけ」
「…分かりました。大学のレポートでも仕上げてます」
戸和は段差を跨ぐ萱島が転けないか、そっちの方が気掛かりだった。
もうすっかり人の捌けた、閑散としたシアターを後にする。
休日にしては入りが少ないのは、丁度昼時と野外ライブが重なっていた為だろうか。
階下の飲食街に降りて、食事の後ショッピングモールを回って、それから。
頭の中で大枠を組んでいた矢先、戸和は袖を引き寄せられた。
「戸和…目が痛い」
痛いと言いながら目を擦ろうとする。
止めさせようとして、嫌がられた。
「こっち向いて下さい」
「嫌だ、お前目薬差す気だろ」
「分かってるならじっとしてて貰えませんか」
「俺無理なんだよそれ…前も言っただろ、眼球に何か入れるなよ…やめ、やめろ」
何が24歳の俺に期待しろだ。
眉根を寄せ、戸和は上司の両手を掴んだ。
「仕事が仕事なんですから、目薬差す習慣くらい付けて下さいよ」
「お前は知らない…眼前に迫ってくる瞬間の、あの恐怖を」
そんなもの現代人ならば日常的に経験している。
睨み付ける両眼は、睡眠不足かアレルギーか。僅かに充血していた。
「なら下見てて下さい」
顎を掴み無理矢理此方を向かせた。
状況を把握して、萱島は今度は別の箇所を赤くさせた。
何だこの体勢。
人の気配は無いものの。
知らない間に壁際に追い詰められていた。
思わず視線を彷徨わせ、手の所在すら分からず立ち尽くした
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