結果、５分後には小洒落たスペイン料理店の椅子に腰を下ろしていた。 １人では決して立ち入らない類の店だ。 萱島はメニューを一瞥するも、カタカナに首を傾げて直ぐに向かいの青年へパスした。 「適当に頼んで構いませんか」 「任せた。大丈夫だ、何を頼もうが全部食べる」 究極に男前な台詞である。 事実、メインのコースを端から頼もうが問題無かった。 戸和はウエイターを呼び、注文を告げる。 昼時に配慮したつもりが、彼の手元の伝票は２枚に及んでいた。 「そうだ、お前の大学また行きたいな…あの食費が掛からない夢の国」 「少なく見積もって１万は掛かってましたよ」 「ばーか、１万で済むんだぞ。あれだけ食べて１万」 「…萱島さん、給料が大方食費に消えてませんか」 上司は一寸斜め上を見て考えた後、はっとして此方を見た。 考えなくとも明白だと思うが。 「いや…だから今度遊びに行って良いかなと」 「どうぞ。お好きな時に」 ありがとうと呟く、萱島の前に前菜が運ばれた。 また物理法則を無視した光景が始まる。 それでもきちんと全て美味しそうに、味わって感想を述べる所が素晴らしかった。 「お前ってずっと日本に居たの？」 萱島はふと以前から引っ掛かっていた事を尋ねた。 彼が走り書きをする際、何時も筆記体を使うのを知っていた。 「いいえ、こっちに帰って来たのは…ほんの数年前です」 「その前は？」 「今と所属が違って、中東辺りで訓練を」 何の。 萱島の目が点になった。 「…軍隊？」 「軍隊では無いですよ。俺が関わってたのは寧ろ現地の民兵で、ジムと一緒に…彼らと訓練と言うよりは、キャンプで寝食を共に生活してました」 部下の謎に包まれた経歴の一角が暴かれた。 しかし聞けば聞くほど謎だった。 因みに日本のとある暴力団に置いても、某会と称された秘密部隊が存在し、彼らも中近東区域で訓練を積んでいた。 イスラエルのモサドにも似た諜報機関の様相で、萱島にイメージ出来るとすれば精々そんな所だった。