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episode.1-18
折り返しの車内も静かだった。
行きに其処まで話をしていた記憶も無いが。
萱島は置物の様に大人しく、車窓に流れる高速道路の灯りを追い続け、時折消え失せそうに浮かぶ月を眺めた。
今日は沢山の物を見た。
それだけで十分、言い聞かせてずるずるとシートに崩れる。
相変わらずきらきらと景色を反射する。萱島の瞳を一瞥し、戸和が口を開いていた。
「主任、申し訳ありません」
突然、役職名を呼ばれた。
反応した肩が慄いた。
「仕事の話になりますが少しだけ宜しいですか」
「う、うん…どうした」
一気に現実に引き戻された。
上司は反射的にだらしなく凭れていた上体を跳ね起こす。
「情報共有システムの改訂版が上がったので、明日の始業前にご説明したいのですが」
「ああ、お疲れ…導入はいつから?」
「今週中にでも直ぐ…午後から業者とメンテナンスの打ち合わせをして、それ次第です」
「分かった。ありがと」
萱島の了承で話は終わったらしい。
失礼しましたと一言、ハンドルを握った部下が再び運転へ戻る。
何故か。理由もなく萱島は少し笑ってしまった。
気付いたのかどうなのか、窓硝子に反射する青年は怪訝な表情を浮かべていた。
いつもの空気だ。
萱島は再びシートに背を付く。
もうこれで良いか。
腑に落ちる慣れたやり取りの方が、何も痛みは伴わなかった。
料金所を通過し、車は徐々に狭まる道路を滑らかに走った。
普段の生活圏内に入り、やがて見知った風景が流れ始める。
「戸和、別にその辺で降ろしてくれれば…」
「こんな治安の悪そうな所で降ろせって言うんですか?」
戸和は眉を顰めたが。
未だ8時代で、大体最も治安が悪いのが自宅なのだから何ら問題はない。
そう提言するも全て流され、車はしっかりマンション手前の敷地へと乗り上げた。
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