36 / 203

episode.2-16

「…あ、」 静寂の中、息を詰める。 密着する身体が無意識に火照る。 体温、匂い、心音。 相手が恐ろしく近い。 温かい手が背中を撫で、辿り、もっと強く 青年の身へ埋める様に引き寄せられる。 (て、抵抗できない) 理解はしていたが、相手が些少でも力を入れようものなら勝てる術も無い。 以前に、包み込む柔らかい匂いへ身動きが取れない。 止事無く、行き場も分からず 只管に上着を握り締める。 「…そんな辛そうな顔しなくても」 戸和の手が頬を掬い上げた。 「いきなり犯したりしませんから」 「おか…」 犯すとか、お前。 勝手に清廉な人物像を作り上げていたとはいえ、違和感に目眩がした。 「戸和くんは、そんな事を言わない…」 「言いますよ、何ですか…まさか俺がセックスもしない人間だとでも思ってたんですか」 やめろー。 最早意図的としか思えない。 露骨な言葉を選ぶ青年に、萱島は目を覆った。 「もう良いから離せよ、牧帰ってくるだろ…!」 「…ああ」 もうそんな時間かと、態とらしく時計を確認する。 離せと萱島は部下の腕を引っ張った。 先も言った通り、勝てる見込みは無いのだ。 簡単に主導権を取られ、あろう事か首筋へ噛み付かれていた。 「ひ…っぅ!?」 悲鳴の様な、喘ぎの様な音が漏れた。 ただ歯先の痛みを感じたのも束の間。 俄かに毒のように甘い疼きが広がり、萱島は今度こそ思考から五感からすっ飛んでいた。

ともだちにシェアしよう!