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episode.2-17
何をされたのか理解出来なかった。
腕を抑え込まれ、一瞬で身が竦む。
「…ぁ」
ふるりと、背中が震えた。
微かに痛い甘噛の感触がして。
直ぐに舌が押し付けられ、唐突な熱さへ火花が散る。
え、何、なんで。
半ばパニックに陥る上司へお構いなく、青年は更に唇を寄せる。
ちくりと新たな痛みが走り、
じわりと熱を持つ箇所に息を飲んだ。
この感じは、確か。
「……!!」
途端に突き飛ばす様に萱島は距離をとった。
そうして熱い首筋を押さえ、興奮から真っ赤に腫れた目で相手を睨み付けた。
「っお、お前…」
声が上擦る。
きょとんとした青年を他所に、次には脱兎の如くその場から逃げ出した。
背後の部下が呆れていようが。
納品を放り出してこようが、もう一切合切知った事ではない。
全速力で給湯室に駆け込み、埋め込まれた鏡へ詰め寄る。
割れる勢いで手を突き、鏡像を覗き込んだ萱島は凍り付いた。
襟足から覗く首筋は赤い。
誰の目にもそれと分かる痕が浮いているではないか。
「…ひ、ひええ…」
力が抜ける。
ずるずるとその場に座り込み、現実から目を背ける様に突っ伏す。
あのお馬鹿。
あんな澄ました顔をして、慣れた手つきでこんな嫌がらせまでして。
第一ボタンを締めようが垣間見える。
鬱血を押さえながら、萱島は先の信じ難い感触を必死に揉み消そうとした。
「こんなの…2日は残るんだぞ…」
鏡に罵って悲しみが襲う。
もしかしなくとも想像していたより、よっぽど底意地の悪い人間なのでは。
しかし何時までも給湯室でしゃがみ込んでいる訳にもいかない。
廊下の向こうからは無慈悲にも、矢張り楽しげに帰ってきた3人の話し声が迫っていた。
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