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episode.3-2

教わった通りテラスに赴けば社長が居た。 アンティーク調のベンチに掛け、長い脚を投げ出し、紙束を捲っていた。 燦々と日差しが降り注ぐ一帯が眩しい。 中庭の美しさも相俟り、別乾坤にも思えた。 「神崎社長」 呼び掛けに視線が上がる。 陽の下では、彼の虹彩は殆ど色素を欠く。 勝手に隣に腰を下ろし、萱島は手元のファイルを覗いた。 見知らぬ男性の写真が挟まっていた。 「ジムの見舞いか?」 頷く。 それよりも安っぽいインスタントの、その写真をじっと見詰めた。 「…君の角膜の提供者がそんなに気になるか、萱島君」 神崎が笑う。 矢張り、写真は彼の父親だった。 面白いほど瞳の色が相違なく、中々男前の外国人が微笑んでいた。 「何してるんですか?」 「暇つぶし」 簡素な紐で綴じられただけの資料を辿り、雇用主は答えた。 真にただの暇つぶしなのか、それとも謀があるのか。 萱島には到底知れない。 思惑を図るのを投げ出し、神崎の首に腕を回した。 「沙南、見辛い」 相手が、煙草を指に挟み苦言を呈す。 窘めにも怯まずべったりと身を寄せる。 一応は、生命として温かい。 日が開いたのもあって、また執拗に甘えたい病気が出た。 肩口に顔を埋めて目を細める。 然れど背後のちょっとした樹林を映し、 俄に萱島の瞳孔が拡大した。 「……」 ぴり、と空気がささくれ立った。 無意識に回した手に力を込めた。 こんな所まで監視がつけ、木上からサイト越しにテラスを射抜いていた。 雑魚が。この人に絡むな、 苛立たしい。 感情の儘に毛を逆立て、萱島は負けず劣らず殺気を滲ませた。

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