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episode.3-12
「社則に関しては俺がとやかく言う事じゃない、社長に聞け」
「その点は…恐らく問題なく」
「てめえの判断ならもっと簡単だ」
矢張り会話のテンポは早いが。
心なしか、此方に合わせくれている。
「好きなら好きだ、嫌いなら嫌いだと吐け」
「…それが出来たら悩んでません」
「糞ったれ、お前の悪癖だ。分かんねえ事をいつまでも悩む。後一週間かけりゃ何か有益な答えが出るのか?次の瞬間に俺が射殺するとも知れんのに悠長な野郎だな」
険はあるが的を射ている。
何より、彼の人生を慮ると重い忠告だ。
「別に手前の些細な選択で、自由の女神が吹っ飛ぶ訳でもねえんだ。考えて駄目なら直感で動け、立ち止まる馬鹿が真っ先に死ぬ」
sir、と口をついて出そうになった。
結局何と返して良いやら探し倦ね、萱島は押し黙った。
決して冷たい上司だなどと、勝手な先入観を抱いていた訳ではない。
然れどこんなに下らない相談に、きちんと教訓をくれるとは思いもしなかった。
「副社長みたいに優しく労ってやれなくて悪かったな、俺は気の利いた台詞なんざ用意がない」
「…いいえ、貴方に話して良かった」
「なら良い。お前は聡いんだからもっと自分を信用しろ」
歯に衣着せぬ言い回しが心地良かった。
慰められたい時もあれば。
人間、寸鉄で刺して欲しい時もあるのだ。
飾り気ない言葉には裏も無く、寧ろすんなり受け入れられた。
「さて…もうこんな時間か、年を食うとどうも話が長くなる」
其処まで自分と変わらない気もするが。
「俺もお前も忙しい。さっさと戻れ」
常のシニカルな笑みを浮かべる彼に、萱島は礼を述べた。
理想の上司にも様々な形があると知った。
踵を返す寝屋川を、暫し其処に留まり見送る。
(答えの出ない事を悩むな、ね)
全くその通り。ぐうの音も出ない。
嘆息し、萱島は意味もなく手中の箱を眺めた。
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