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episode.3-16
「美味しい…」
「それは良かった」
「…うん」
そう、それは良い。
それは良いとして一体、どうして先からそんなに。
(み、見過ぎ)
背中を妙な汗が這う。
無論、萱島とて手作りを贈れば相手のレスポンスは気になった。
けれどもう、そんな範疇でなく。
何か手を動かすのも憚られるくらい、尋常でない視線を外さないのだ。
「えっと…」
この場から逃げたい一心で口を開いた。
その肩に、極自然に彼の手が回されていた。
「あ、」
力が加わる。
何か言う間も無く、間近へと引き寄せられる。
近い。触れる距離に相手が居る。
さっきまでとは明らかに違う、急に漂い始めた熱っぽい空気に、萱島はマグカップを握り締めていた。
「な、何でしょう…?」
「何は無いでしょう」
縋る様に掴んでいたマグカップを、呆気無く取り上げられる。
そうして肩からそっと、滑り落ちた手が腰へと回り、その感触に総身が竦み上がっていた。
「こんな夜中に、男の部屋に来た癖に」
そんなつもりじゃ無かった。
想定外の指摘へ、萱島は二の句を取られた。
そもそも、首筋に噛み付かれて未だ…そんな事をする人間じゃないと、この部下に勝手な信頼を寄せて。
今日だって今だって、この傍が安心で仕方ないと言うのに。
(ちょっと、待って)
身体が強張る。
キスをされそうになって、つい必死に腕を伸ばして避けた。
「萱島さん」
耳元で自分の名を呼ばれる。
痺れが走る。視線すら合わせられず、またこの場から逃げ出したくなっていた。
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