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episode.3-17
呼ばないで。
見ないで。
耳に唇が寄せられる。
それ以上、触らないで。
俯いた萱島の目頭が酷い熱を帯びる。
「…戸和、…あの」
耳に噛み付こうとしていた、動きが止まった。
必死に相手のシャツを握り締める。
萱島の指先は、もう真っ白になっている。
「も、もう…帰る…」
なんて、情けない声。
他に音がないから、やっと聞こえた様な。
「帰す訳無いでしょう」
だってそんな事、お前は言わない。
腕を掴まれて、簡単にソファーの上に沈められる。
見下ろす獣の様な瞳に、萱島は初めて彼に対する、明確な恐怖を覚えていた。
「…や、やめて」
いつも仕方無さそうに世話を焼いて、気に掛けて。
いつも見る度、近くに居る度安堵する。
こんな勝てない力で抑え込んだりしない。
伸し掛かられて、逃げようとしても、身動ぎも出来ないほど手首を締め付けたり。
(そんな事しない)
落ち込んでいれば慰めて、
怖いと言えば手を握ってくれる。
「いやだ、退いて戸和」
聞いてもくれない。
身体の下で、懸命に身を捩る。
漸く痕の消えた、晒された首筋に噛み付かれた。
「…っあ」
この間より強い肌を刺す痛み。
歯の感触に、萱島の全身を怯えが走った。
戸和が怖い。
目の前の青年が、怖い。
唐突に昔、良くして貰った兄貴分の男に
いきなり組み敷かれた記憶が蘇っていた。
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