61 / 203
episode.3-18
「い、いた…」
引き攣った音に漸く戸和が顔を上げた。
か細い息を紡ぐ、
萱島が消え入りそうな声を出す。
「…痛い、」
震える肩に今更気付いた様に、やっと動きを止めた。
怯えている。
閉じ込めた相手が、想像以上に追い詰められていて、名状し難い感情が生まれる。
「て、手、痛い…」
何処が痛いのかと思えば。
そんなに強く押さえつけていたとは考えられなかった。
好き勝手にしようとしていた上司が、仕方なく手を離した途端。
自分の身体の下で、堰を切った様に泣き始める。
「痛いよ」
もう離したのに。
未だ痛いと言いながら、幼児みたいに止まらない涙を零して、その癖嗚咽を抑えようと必死になって。
何をそんなに追い詰められているのか、前例のない反応へいっそたじろいだ。
「萱島さん」
単純に驚いた。
其処まで嫌がっているのだと知らなかった。
「何も泣かなくても」
袖をぐしゃぐしゃにして顔を覆う。
冷たい頬を撫で、水滴を拭ってやった。
青年からすれば些細な力に耐え兼ね、
細い手首は赤くなっている。
「…ど、どいてって、言った」
「ええ」
「、やめてって」
声を詰まらせる相手を正視した。
嫌だとも、帰りたいとも。
全部言われて聞いていた。
にも関わらず、無視した。
そもそも、そんな言葉。
素直に頷いてやる男が居る筈がなかった。
そんな甘い考えで、無防備な体で、のこのこ家に来る考えなしの貴方が悪いのだと、一頻り説教してやりたかった。
本当は多少なりとも、分かっていながら付いてきたのかと、心の隅で当たり前に思っていたが。
しゃくり上げる彼は違った。
呆れるほど、天衣無縫を絵に描いたような子供だった。
ともだちにシェアしよう!