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episode.3-19
「…呆れた馬鹿だ」
素で呟いた。
それから、頭の弱い大人のほっぺたを引っ張った。
「ひ、ひた…」
「貴方はそうやって他所の男にも、簡単について行くんですか」
やっと戸和を見返した目が、真っ赤になっていた。
「ちがうよ…」
何が違うものか。
ただ余りにも一杯になっている萱島に、流石に同情心も芽生え始めていた。
「お前じゃんか」
「何、俺?」
そう、とまた情けない声を出して、上司はべそべそと目元を擦った。
手を捕まえてやめさせ、そのまま上体を引き起こす。
確かに初めて出掛けた頃までは大人しくしていたが、その後によもや会社で首に噛み付いたのを忘れたのか。
さて。想像以上に、一方ならぬ信頼を持たれていたのかもしれない。
「大体貴方は直ぐ男にべたべたする」
「してない…」
「言いつけても聞かないで」
「うるさい」
「…ん?」
口答えをした。
物分りが悪い上に、可愛げもない。
「…嫌い」
年甲斐も無く拗ねた上司がほざく。
今度こそ戸和の眉根が寄り、また躾に手をひっ捕まえた。
「い、痛い…手が痛い」
「身体に言わないと分かりませんか」
埒が明かず、多少の脅しを乗せて迫る。
萱島は瞬く間に恐怖から身体を竦め、言葉を飲み込んでいた。
「萱島さん?聞いてるんですか」
「……」
第一次反抗期の再来した大人は、こうなるともう、何を聞いても無駄だった。
「…直ぐ泣く」
膝の上にまたボタボタと大粒の水滴が落ちる。
まるで策略ないその姿へ嘆息し、寒そうな肩を抱き寄せた。
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