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episode.3-20
萱島沙南という上司は。
何かに付けていつも目を綺羅々とさせ、自由奔放に振る舞うくせ、その実大人としての節度を持ち併せた人間だった。
けれど不意に、前触れもなく。
急に土台が揺れて不安定になる。
畢竟するに、
親に甘えて反抗して果ては自立するまでの、大切な基礎自体が欠陥していたのではないか。
今更そのつけが回ってきたかの様に、彼は時折本当の子供に戻る。
今もそうだ。
ごめんなさい、は言えても
何故怒られたか分からない。
そうすると、ただ怒られて怖いのだ。
「…気を付けて下さい、って言ったんですよ」
背中を撫でて、あやす様に髪を梳いて、濡れた頬に唇を落とした。
「貴方を心配してる」
額と視線を合わせた。
汚い物を沢山見てきた筈の目は、只管に澄んでいた。
「…ごめん」
矢張り素直に、萱島は謝罪した。
するりと最後の一粒が、頬を下った。
「ごめんね」
「もう良いですよ」
「…嫌いなんて嘘だよ」
心底悲しそうに、萎れた萱島は青年のシャツを握った。
彼の剣は全て諸刃だった。
切り付ければ、自分も傷付く。
「あの、今日…来たのは」
未だ上擦った声で、しかし漸くいつもの様に話し始める。
戸和は黙って耳を傾けた。
「いい加減、返事をしようと思って」
充血した目を見詰めた。
思惑は違えど、萱島も覚悟を抱いていたのだ。
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