63 / 203

episode.3-20

萱島沙南という上司は。 何かに付けていつも目を綺羅々とさせ、自由奔放に振る舞うくせ、その実大人としての節度を持ち併せた人間だった。 けれど不意に、前触れもなく。 急に土台が揺れて不安定になる。 畢竟するに、 親に甘えて反抗して果ては自立するまでの、大切な基礎自体が欠陥していたのではないか。 今更そのつけが回ってきたかの様に、彼は時折本当の子供に戻る。 今もそうだ。 ごめんなさい、は言えても 何故怒られたか分からない。 そうすると、ただ怒られて怖いのだ。 「…気を付けて下さい、って言ったんですよ」 背中を撫でて、あやす様に髪を梳いて、濡れた頬に唇を落とした。 「貴方を心配してる」 額と視線を合わせた。 汚い物を沢山見てきた筈の目は、只管に澄んでいた。 「…ごめん」 矢張り素直に、萱島は謝罪した。 するりと最後の一粒が、頬を下った。 「ごめんね」 「もう良いですよ」 「…嫌いなんて嘘だよ」 心底悲しそうに、萎れた萱島は青年のシャツを握った。 彼の剣は全て諸刃だった。 切り付ければ、自分も傷付く。 「あの、今日…来たのは」 未だ上擦った声で、しかし漸くいつもの様に話し始める。 戸和は黙って耳を傾けた。 「いい加減、返事をしようと思って」 充血した目を見詰めた。 思惑は違えど、萱島も覚悟を抱いていたのだ。

ともだちにシェアしよう!