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episode.4-7
『貴方の会社の近くに来ているの。会えるかしら』
簡潔な素気ないメールを受け、本郷は指定場所へと向かっていた。
彼女が今になって話をしたがるなど、娘の美咲の件だと踏んだ為だ。
住宅地の裏手には公園があった。
凡そ遊具などない、申し訳程度にベンチの置かれた殺風景な一画に、彼女は立っていた。
「千鶴」
真冬の吐く息は白い。
いつから其処に居たのか、鼻の頭を赤くして振り向く。
「仕事は?」
「抜けてきた、どうしたお前から連絡するなんて」
心なしか声は上擦っている。
それに以前目にした頃より、痩せた様にも見えた。
「大体何時から居たんだ、風邪引くぞ」
「義世」
調和の取れた顔立ちが上を向いた。
冷たい外気のせいか、濡れた瞳が必死に本郷を映していた。
何か言う間もなく。彼女は地面を蹴って駆け出した。
スローモーションの光景に、無意識に苦い記憶が甦った。
玄関先で、浅いとは言え刃物を差し込まれた一件。
つい身構える。
ところが掴もうとした手を彼女は擦り抜ける。
そうして、凍える様な手を背中に回して抱き着いていた。
「…帰って来て、お願い」
過剰な振動を纏う声。
ただし、それが演技なのか図るべくもなかった。
「私やっぱり、駄目…貴方が居ないと駄目なの」
「落ち着け千鶴」
「落ち着いてるわ」
身を離した彼女は、想像より真摯な顔をしていた。
「男と揉めたか?借金でも作ったか?」
「酷い事言わないで、そうじゃない…貴方が欲しいって言ってるのよ」
「どうだか」
「…刺したのは、本当にごめんなさい」
白い指先がスーツの上から、本郷の脇腹を撫でた。
「お金とか、今の男とかどうだって良いの。貴方が居なくなってから私…どうして良いか分からなくて」
健気な“体”で顔を覆う。
肩を震わせて請う彼女が、何を考えているかまったく分からなかった。
こうなれば終わりなのだ。
もう、疑心しか募らない。
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