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episode.4-8

「あの家に帰って来て、美咲も待ってる」 幾度も話し合いを重ねて、漸く終結した筈の出来事が。 今一度、彼女の口から掘り起こされようとしていた。 「ねえ…何とか言ってよ」 冷たい指先が唇をなぞった。 その感触すら分からぬほど、本郷は別世界に引きずり込まれた心境だった。 黒い双眼がじっと見ていた。 何も言わない、本郷を責め立てる様に。 「…いつもそうね」 きゅっと彼女の眉尻が上がった。 先まで震えていた余韻すら無く、常の刃物の如き鋭い言葉が始まった。 「貴方のそれって優しいんじゃない、私を傷付けてるのよ…分かってる?」 何の気後れもなく感情を出し切る。 これが矢沢千鶴という人間だった。 「結局私に興味無いんでしょ?どうでも良くなったんでしょう?そう言えばいいじゃない!」 良く通る声が痛烈に非難した。 人気の無い公園で、彼女の白い鞄が投げ付けられ地面へと落下した。 「…浮気したのはお前だろ」 そもそもの離婚の原因を、本郷は呆然と零した。 「貴方がそうさせたんじゃない…!」 涙声で彼女が言った。 己の罪をすべて紙に包み、目の前の男に激情に任せ投げつけていた。 その我儘な行動こそ責められて然るべきだった。 なのに。本郷はどんな状況だろうと、すべてを相手の所為にするなど土台不可能な人間だった。 彼女は堰を切ったように泣き出した。 いつも気丈に伸ばしていた背筋を丸めて。 「…酷いのはどっちよ」 目頭を押さえ、吐き捨てる様に言った。 純粋な呼び戻すだけの目的ではない。 彼女は、千鶴は。 恐らく行き場の無くなった感情を持て余し、相手へとぶつけに来たのだ。 「このまま私たちを置き去りにするなんて、許さない」 執着に近かった。 顔を上げ睨め付ける嘗ての妻を、本郷は言葉も浮かばず見詰めていた。

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