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episode.4-11
「せいぜいよく考えろ。アイツは今暫く、会えないかもしれねえぞ」
この交代人格にしては珍しく、忠告の様な台詞まで寄越す。
そうして踵を返して戻ろうとした先、息を潜めて見守っていた第三者の存在に気が付いた。
「……」
「萱島」
「…どうも」
バレるやおずおずと物陰から這い出した。
聞き耳を立てていた決まりの悪さからか、当人の目があっちこっちへ泳ぐ。
「久し振りだな、元気だったか」
「いやまあ…ちょっと、すいません、抱きつかないで貰えますかね…」
馴れ馴れしく抱き寄せる相模へたじろぐ。
背後では神崎が白い目を向けていた。
「なあ萱島。面倒だろうが気に掛けてやってくれ」
肩に腕を回す男を見やり、萱島はつい返事を飲み込んだ。
頭上には初めて相対する様な、実に真摯な瞳が浮かんでいるではないか。
「お前に救われていたんだ」
「…貴方が?」
「俺だけじゃない」
じっと見据える彼の、言わんとする所に戸惑う。
己が本郷の存在に助けられた事はあったが。
その逆など。果たして。
「本当だ」
相模は言い切った。
そうして訴えを乗せた熱っぽい視線を残し、するりと此方から離れて行った。
暫しその場に縫い留められ立ち尽した。
言われずとも勿論、気に病むほど気に掛けていた。
しかし彼の言う救いなど、余りにも身に覚えがない。
「沙南」
呼び掛けにはっとする。
壁に背をついた神崎が、手帳を携え自分を待っていた。
「悪いが、仕事の話をして良いか」
「…その前に何か言う事は?」
「何か?世間話でもするのか?」
男の胸倉を躊躇なく掴む。
憎しみをぶつけようが、精一杯の怒りを込めようが、相手はいつも通り何の色も無い瞳で行為を眺めている。
「本郷さんを彼処まで追い込んで、何か言う事は?」
唸る様に萱島は凄んだ。
ぎりぎりと指先に力が篭もる。
分かっている、この男が諸悪の根源でない事は。
しかし心に何の波風も立てず平静な神崎へ、これまで以上に腹が立って仕方が無かった。
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