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episode.4-13
鞄で自分の携帯が音を立てた。
手近なソファーに腰を下ろし、目的の物を探り当てる。
「…はい」
『お疲れ様です』
素晴らしく心地よい発音が耳に流れ込んだ。
それまで虚ろであった、萱島の目が一気に煌々とする。
「お…お疲れ」
『お忙しい所申し訳ありません、下に渡す資料の所在だけ教えて頂けますか』
「あ、そうかごめん、俺の机の引き出し…の一番上にUSBが入ってるから、それ開けて」
不思議な安心感に包まれる。
まったく。本来、此方が支えなければいけない立場にも関わらず。
「…ごめんな戸和」
謝罪が口をついて出た。
青年が怪訝な顔で思案しているのが、回線越しにも伝わってきた。
『何がですか?』
「お前に全部放り投げて」
『貴方は何も悪くないでしょう。別にその程度で音を上げませんから、此方の事は気になさらないで下さい』
出会った当初と毫もブレない、決然と言い切る部下の態度に胸が熱くなった。
どうしてこうも、少し話をしただけで満たされる。
目の前に居たら、人目も憚らず抱き着いていたかもしれない。
「…戸和くん」
『はい?』
「ありがとう大好き」
『……』
自然に零れ落ちた萱島の台詞に、彼は珍しく暫し沈黙を寄越した。
『どうも』
心なしか、歯切れが悪かった。
『今度はプライベートの時に、俺の目の前で仰って下さい』
急に羞恥心が芽を出した。
すっかり気が小さくなり、萱島は返事とも取れない声で回線を切る。
惚けそうになる、自分を叱咤して立ち上がった。
(ぼんやりしてる場合じゃない)
今は会社の窮地なのだ。
鞄を肩に掛け直し、表情を引き締めるや勝負の場へと足を急かした。
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