81 / 203
episode.4-15
『私から逃げてるんじゃないですか?何にしても、貴方に阻む権利なんてありませんよね?』
「…一個だけ、欠点があった」
『…は?』
額を押さえて机上を睨んだ。
外見も中身もセンスですら完璧だと思われた彼は唯一。女性の趣味が最悪だった。
萱島は断言出来た。
彼女は、間違いなく彼を追いやった一端だ。
「先から黙って聞いてれば勝手な事をベラベラと…貴女は何か、多少なりと自省したり…他人の気持ちを慮った事はありますか?」
『何、何言ってるの?そんな失礼な口利いて良いと思ってるの…?』
電話口の相手が動揺を見せた。
もうこの後面倒臭いことになろうが、どうだって良かった。
兎に角今、この身勝手な女性に業腹で仕方がない。
「人が貴女の思い通りに動かなければ不満か?…冗談じゃない、万人のシナリオが、貴女を主役に書かれている訳じゃない」
『ちょっと、関係ないでしょう、口を慎みなさいよ』
「彼には彼の人生がある、貴女にそれを邪魔する権利なんて…夫婦なら許されるとでも?」
彼女は未だ罵声を浴びせていた様に思う。
ただし聞こえてはいなかった。
テラスを囲む他人の談笑や、すり抜ける車のエンジン音、取るに足らない背景の雑音と同程度に。
「本郷さんは貴女を再優先する義務なんてない…そもそも、貴女の為に生きてる訳じゃない!」
カラン、とアイスティーの氷が崩れ落ちた。
音はそれだけだった。
彼女は呆然としていた。
もう何も、喧しく噛み付く気配すら見せなかった。
声を荒げた萱島を、遠巻きな人々の視線が少しばかり刺した。
徐々に炎が溶かされる。体内の安全装置が作動し、脳に消火剤を流し始めているらしかった。
「…失礼します」
果ては一方的に電話を切った。
ふと目を向ければ、手中で書類が塵屑になっていた。
(やらかした)
どう考えても出過ぎた真似だ。
けれど、もう良いかと思えた。
この感情をぶつけてやらない方が、後になってこの局面を振り返った時。
歯痒さに苛まれ、どうせまた思い悩むに決まっているのだから。
ともだちにシェアしよう!