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episode.4-17
「貴方は命まで懸けてくれた」
あの時、飛び降りようとした萱島を追って彼は自らに銃を向けた。
本郷は間違いなく、何の見返りもなく手を伸ばしていた。
猜疑心を挟む隙もない。
命の恩人だった。
「苦しいなら、辛い事があれば教えて」
いつだって与えられる側だった。
それを有耶無耶に、甘んじている自分を終わりにしようと決めた。
「…俺が護ってあげる」
意識が落ちる手前、萱島はこのどうしようもなく器用で不器用な男に、純然たる思いで約束した。
例えそれが彼の本意でなくとも。
彼が自らに優しく出来ないのであれば、せめて自分が。
僅かでも止まり木にその身を捕まえ、傷を指摘する人間でありたい。
静寂に満ちた部屋で萱島は意識を手放した。
何か、縋る様に。
隣で眠る、柔らかな体温を絡めたまま。
目を開けた。
初めに視界に入った物は天井の照明だった。
滲んだ輪郭が徐々に精度を増す。
霞む視界に手を翳して目を眇めた。
1つも内容を覚えていない。なのに、呆れるほど長い夢を見ていた気がした。
時間を確認しようとして、其処でやっと本郷は左手の違和感に気が付いた。
「…萱島?」
ベッドの端でスーツのまま、しかも真冬にも関わらず地べたに座り込んでいる。
何故こんな所で。
疑問を抱いたまま、ふと傍らの携帯が目に入った。
ディスプレイの表示は2月17日。
本郷の思考が止まった。
丸1日日付が飛んでいた。
そもそも眠るまでの記憶すら無い。
焦燥を抑えこみ、懸命に千切れそうな糸を手繰り寄せる。
確か3時過ぎまでは予定の確認をしていて、それから。
(それから、)
はたと思い至った。
そう、至近距離で外し様も無く。銃で自らの頭を撃ち抜いた筈だった。
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