83 / 203

episode.4-17

「貴方は命まで懸けてくれた」 あの時、飛び降りようとした萱島を追って彼は自らに銃を向けた。 本郷は間違いなく、何の見返りもなく手を伸ばしていた。 猜疑心を挟む隙もない。 命の恩人だった。 「苦しいなら、辛い事があれば教えて」 いつだって与えられる側だった。 それを有耶無耶に、甘んじている自分を終わりにしようと決めた。 「…俺が護ってあげる」 意識が落ちる手前、萱島はこのどうしようもなく器用で不器用な男に、純然たる思いで約束した。 例えそれが彼の本意でなくとも。 彼が自らに優しく出来ないのであれば、せめて自分が。 僅かでも止まり木にその身を捕まえ、傷を指摘する人間でありたい。 静寂に満ちた部屋で萱島は意識を手放した。 何か、縋る様に。 隣で眠る、柔らかな体温を絡めたまま。 目を開けた。 初めに視界に入った物は天井の照明だった。 滲んだ輪郭が徐々に精度を増す。 霞む視界に手を翳して目を眇めた。 1つも内容を覚えていない。なのに、呆れるほど長い夢を見ていた気がした。 時間を確認しようとして、其処でやっと本郷は左手の違和感に気が付いた。 「…萱島?」 ベッドの端でスーツのまま、しかも真冬にも関わらず地べたに座り込んでいる。 何故こんな所で。 疑問を抱いたまま、ふと傍らの携帯が目に入った。 ディスプレイの表示は2月17日。 本郷の思考が止まった。 丸1日日付が飛んでいた。 そもそも眠るまでの記憶すら無い。 焦燥を抑えこみ、懸命に千切れそうな糸を手繰り寄せる。 確か3時過ぎまでは予定の確認をしていて、それから。 (それから、) はたと思い至った。 そう、至近距離で外し様も無く。銃で自らの頭を撃ち抜いた筈だった。

ともだちにシェアしよう!