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episode.4-20
結果その時どれだけ時間が流れたのか分からない。
とても安易に返す事など出来ず、ずっと大きな瞳を凝視していた。
場を動かしたのは電子音だった。
はっとして目を移すと、ベッドの端で本郷の携帯が点滅していた。
(千鶴)
ディスプレイに着信元が浮かぶ。
萱島もその名を認識した。
彼は本郷の手を掴み、繋ぎ止めていた。
「…本郷さん、もう周りの事なんか気にしないで教えて」
未だ何も言えず視線を拘束されている。
単調な音が、背景に消えた。
「どうしたい?」
建前を掻い潜って、本郷も知らない真相を探ろうとしていた。
「貴方はどうしたいんですか?」
他の一切を見ない目に映された。
言われずとも既に、本郷も他の一切が見えなくなっていた。
唯一自我を揺らした
目前の萱島だけが、其処に。
確かめたくて触れた。
肩を。背中を。一寸戸惑いをみせたその表情が何かの琴線を揺らし、気付けば引き寄せ唇を塞いでいた。
「ん、」
突然の事に、何をされたか分からなかったのか。
小さく息を漏らしただけで萱島は固まった。
短い様で長かった。
柔らかく、何度も唇が触れて。
音もなく温度を重ねるだけの行為。
萱島はただ驚愕して、身動ぎも出来なかった。
キスとは、こんなものだっただろうか。
漸く離した相手と見詰め合い、本郷は静かに困惑した。
こんな慈しみに溢れ、綺麗な感情を乗せた、心地良いものだっただろうか。
「…しまった」
まっさらな瞳に、喫驚の色を浮かべる相手を見て。
本郷は犯した罪を理解し、ようやっと口を開いた。
「今度は和泉に刺される」
萱島は尚、呆然としていた。
一先ずそちらは後回しに、本郷は鳴り止む気配のない携帯を取り上げた。
「…はい、ああ悪い寝てた。色々立て込んでてな、何か用か」
悪びれもせずに告げるや、間髪入れずヒステリックな女性の声が響いた。
もう別に話しを聞く気も、する気も失せていた。
今や彼女の言葉には、何の効力もない。
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