86 / 203

episode.4-20

結果その時どれだけ時間が流れたのか分からない。 とても安易に返す事など出来ず、ずっと大きな瞳を凝視していた。 場を動かしたのは電子音だった。 はっとして目を移すと、ベッドの端で本郷の携帯が点滅していた。 (千鶴) ディスプレイに着信元が浮かぶ。 萱島もその名を認識した。 彼は本郷の手を掴み、繋ぎ止めていた。 「…本郷さん、もう周りの事なんか気にしないで教えて」 未だ何も言えず視線を拘束されている。 単調な音が、背景に消えた。 「どうしたい?」 建前を掻い潜って、本郷も知らない真相を探ろうとしていた。 「貴方はどうしたいんですか?」 他の一切を見ない目に映された。 言われずとも既に、本郷も他の一切が見えなくなっていた。 唯一自我を揺らした 目前の萱島だけが、其処に。 確かめたくて触れた。 肩を。背中を。一寸戸惑いをみせたその表情が何かの琴線を揺らし、気付けば引き寄せ唇を塞いでいた。 「ん、」 突然の事に、何をされたか分からなかったのか。 小さく息を漏らしただけで萱島は固まった。 短い様で長かった。 柔らかく、何度も唇が触れて。 音もなく温度を重ねるだけの行為。 萱島はただ驚愕して、身動ぎも出来なかった。 キスとは、こんなものだっただろうか。 漸く離した相手と見詰め合い、本郷は静かに困惑した。 こんな慈しみに溢れ、綺麗な感情を乗せた、心地良いものだっただろうか。 「…しまった」 まっさらな瞳に、喫驚の色を浮かべる相手を見て。 本郷は犯した罪を理解し、ようやっと口を開いた。 「今度は和泉に刺される」 萱島は尚、呆然としていた。 一先ずそちらは後回しに、本郷は鳴り止む気配のない携帯を取り上げた。 「…はい、ああ悪い寝てた。色々立て込んでてな、何か用か」 悪びれもせずに告げるや、間髪入れずヒステリックな女性の声が響いた。 もう別に話しを聞く気も、する気も失せていた。 今や彼女の言葉には、何の効力もない。

ともだちにシェアしよう!