107 / 203

episode.5-18

「失礼ですが…どちら様で…」 「やだなあさっき自己紹介したじゃないですか、御坂ですよ!」 開いた距離を詰めるかの如く、相手は朗らかに笑う。 人好きのする外面によるダブルバインドで、鳩部は毛ほども動けなくなっていた。 「御坂」 其処へ、硬直した空気を割って寝屋川が現れた。 隣には足元の覚束ない萱島も続き、不可思議な様子で頻りに辺りを見回している。 「お前の部下に負傷者を任せてある」 「…ん?何、君の言うことは聞くんだね」 「重症だったからな。ヘリで病院まで運搬するよう頼んだ」 釈然としない面であるが。 御坂は一言了承を寄越し、用は済んだとばかりに踵を返し去っていく。 上階には顔色の悪い鳩部、付きの者、そして依頼先の2人のみが残された。 「…結果的に御役御免になっちまったな」 「あ…いえ、金額は約束通り口座に」 「隊長隊長、此処は何処ですか」 「お前はちょっと静かにしてろ」 袖を引っ張る部下を窘めた。 どうも殴った衝撃で、一部の記憶がすっ飛んでしまっていた。 「…あの方とお知り合いなんですか?」 「雇用主の馴染みだ。何してるかも正確な素性も知らん」 「隊長、俺の名前は萱島です」 「知ってる」 また袖を引っ張られた。 まん丸な目で見詰める部下を、寝屋川は書斎の中へと押しやった。 「そのけ、警察に事がバレたら…」 「冗談か…?真っ先におっ始めたのは手前だろう、心臓だけじゃなく頭まで鳥になったか」 「な…何もこんな死人が出るとは思わなかった!」 相対する寝屋川は不意に表情を消した。 そうして何か、世の理が分からぬ子供を見るかの様な目で、何十年は長く生きているであろう男を仰ぐ。 「てめえそんな生半可な覚悟で、部下に銃を撃てと言ったのか」 ゆっくりと視線がかち合う。 退っ引きならない。蛇に睨まれた蛙に等しく、鳩部は唇を震わせていた。 「隊長!」 「…今度は何だ」 緊迫した空気を読みもしない。 書斎からまたしても天真な声が飛んできた。

ともだちにシェアしよう!