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episode.5-18
「失礼ですが…どちら様で…」
「やだなあさっき自己紹介したじゃないですか、御坂ですよ!」
開いた距離を詰めるかの如く、相手は朗らかに笑う。
人好きのする外面によるダブルバインドで、鳩部は毛ほども動けなくなっていた。
「御坂」
其処へ、硬直した空気を割って寝屋川が現れた。
隣には足元の覚束ない萱島も続き、不可思議な様子で頻りに辺りを見回している。
「お前の部下に負傷者を任せてある」
「…ん?何、君の言うことは聞くんだね」
「重症だったからな。ヘリで病院まで運搬するよう頼んだ」
釈然としない面であるが。
御坂は一言了承を寄越し、用は済んだとばかりに踵を返し去っていく。
上階には顔色の悪い鳩部、付きの者、そして依頼先の2人のみが残された。
「…結果的に御役御免になっちまったな」
「あ…いえ、金額は約束通り口座に」
「隊長隊長、此処は何処ですか」
「お前はちょっと静かにしてろ」
袖を引っ張る部下を窘めた。
どうも殴った衝撃で、一部の記憶がすっ飛んでしまっていた。
「…あの方とお知り合いなんですか?」
「雇用主の馴染みだ。何してるかも正確な素性も知らん」
「隊長、俺の名前は萱島です」
「知ってる」
また袖を引っ張られた。
まん丸な目で見詰める部下を、寝屋川は書斎の中へと押しやった。
「そのけ、警察に事がバレたら…」
「冗談か…?真っ先におっ始めたのは手前だろう、心臓だけじゃなく頭まで鳥になったか」
「な…何もこんな死人が出るとは思わなかった!」
相対する寝屋川は不意に表情を消した。
そうして何か、世の理が分からぬ子供を見るかの様な目で、何十年は長く生きているであろう男を仰ぐ。
「てめえそんな生半可な覚悟で、部下に銃を撃てと言ったのか」
ゆっくりと視線がかち合う。
退っ引きならない。蛇に睨まれた蛙に等しく、鳩部は唇を震わせていた。
「隊長!」
「…今度は何だ」
緊迫した空気を読みもしない。
書斎からまたしても天真な声が飛んできた。
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