111 / 203

extra.3-1 「コンビニ店員の恋2」

交代前の点検を迎え、エンゲルスに小銭を並べる。 どうでも良いが、この枚数を計る器具はエンゲルスという名称らしい。 「…早番遅くないですか?」 「さっき来てましたよ」 「え、な、私に挨拶もなく…」 先輩が神経質に眼鏡を押し上げる。 相手すら面倒な小林は、カウンターに隠れてひっそりと溜息を吐いた。 今日の相方は漫画家志望と謳う27歳の崖っぷち。 自分より年下で、かつ専門的な知識を有しているためか。どうも此方に対する勝手な嫉妬を抱いている。 ピロンピローン。 気怠く最後の1枚を乗せようとした。矢先、来客を告げる電子音が店内を揺らした。 「「…っしゃいませー」」 夜明けの挨拶は気怠い。 客は見覚えがあった。 毎度のことギターを担ぎ、ヘッドホンを首に掛け、ブラックの缶珈琲を手に真っ直ぐレジにやって来る。 「108円です」 同い年くらいだろうか。 以前聞いた所、素性は近隣の会社員との事だった。 「…へいへいへい小林ちゃん、良い物やるよ」 馴れ馴れしい。 彼は此方の肩を引き寄せ、声を潜めた。 「ある男の一生が掛かってるんだ」 「…え、何?」 「未だインディーズだけどさ、最高に良い音出すから。夕方は空いてんだろ?な、来てよ」 くしゃっと破顔し、ばしばしと不躾に背中を叩く。 押し付けられた紙片を手に途方に暮れた。 そもそも数える程度の接触で、しかも会話と言えば一方的に絡んでくる向こうの挨拶程度。 会社の近くのコンビニ店員をライブに誘える人間が、果たしてこの国に何人居るのだろう。 「いや…俺多分学校だし」 以前に音楽は余り興味がないし。 困惑する俺を余所に、彼は終始朗らかだった。 「大丈夫大丈夫、これも勉強だって。絵描いてんだろ?新しいインスピレーションあげるからさ」 「はあ…」 どうして其処まで後ろめたさもなく言い切れるのか。 底無しにポジティブな気質を晒す彼に、圧倒されてついチケットを受け取ってしまった。

ともだちにシェアしよう!