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episode.6-1 「excessively」

「経ちましたね1週間」 カラン、と萱島の指先からスプーンが滑り落ちた。 大した衝撃を立てる事もなく、落下物は鍋に張られた水中へ沈み込んだ。 「…な、何が?」 白を切って冷蔵庫を開けた。 今日は引っ越しに向けた諸々の道具も入り用になるし、日が沈むまでには帰ろうと決めていた。 動揺が透けた浅い演技で、掴んだミネラルウォーターを呷る。 「あ、そう言えばさ…」 態とらしく話材を変えた折、背後に気配がした。 振り返る事すら憚られる。 次の言葉を探し倦ね、萱島は量産型の薄い容器を握り締めていた。 「っと、」 戸和くん。 情けない。口が役目を果たさぬまま閉じる。 後ろから伸びた手が抱き締めている。 背中に彼の体温が張り付き、萱島の思考は瞬く間に霧散した。 「もう良い年した大人なんですから」 隙間もなかった。 落ち着いた声が直に耳元に降ってきた。 「子供みたいに逃げ回るのは止めましょうか」 ゆらゆらと容器の中の水面が揺れていた。 視線のやり場すら分からずに、何の意味もなくそんな物に助けを求めていた。 「な、何の話?」 ああまた、不用意に家なんて来るから。 逃げ場がなくなるのだ。 さしもの萱島も学習していながら、今日また玄関を跨いでいた。 先日不動産屋を訪れ、割と条件のいい物件が見つかった。 即断で大家との話も済ませ、入居できる手筈になったのだ。 晴れて社長のヒモから脱した訳だが、引っ越しともなると丸一日を費やさねばならない。 今日のところは青年に挨拶だけ寄越し、早々と退散するつもりでいたが。 「それより…昨日な」 「萱島さん」 「へ?」 「釦掛け違えてる」 「え、ああ…」 本当だ。 でも別にそんなの、放って於いていい。 いいから、そのゆっくり回す手を、止めて。 唇を噛んだ。 戸和の手が、不格好な2段目を外そうとしていた。 「や、い、良いから」 その手を懸命に掴む。 不気味な位静かなマンションが、只管に恨めしかった。

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