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episode.6-18

「どうしたの」 「っ!?」 比喩でもない。飛び上がった。 宜しくない汗を多量に流しながら、萱島はぎりぎりと背後に首を捻った。 「辛いんですか?どこ」 「…あ、や…」 戸和が立っていた。 当たり前だ。この家には2人しか居ない。 しかしなんにも言葉が出てこない。 勝手に追い詰められ、無意味に口を開閉させながら後退した。 「沙南?」 「……」 床板を睨み付けた。 今直ぐテレポートで離脱したい。 遠慮なしに相手は迫る。間近の気配に肩を揺らし、息を詰まらせた。 「こっ、」 「ん?」 「…来ないで下さい」 因みに語尾は見事にフェードアウトした。 聞こえたかも怪しかった。 逃亡を図り蹌踉と立ち上がる。 覚束ぬまま、萱島はどうにかリビングの方向へと距離を開いた。 「あ、あほやろう…」 今度は罵倒が漏れた。 青年の眉が寄る。 「何ですって?」 「…だ、だって…結局人の話も聞かないで…」 戸和が首を傾けた。 確認出来ないが、凄まじい目で見られているのは分かった。 心なしかキッチンの空気も冷えた気がする。 「……」 恐ろしい無言だ。 悪寒が止まない。 足音と気配で再び近付くのを察して、面白いように身体が竦んだ。 「またそうやって可愛げのない台詞を…」 ひい。 悲鳴が漏れ掛けた。降って来た声音が、殊更に低く地を這ったのだ。

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