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episode.7-2
今朝は妙な支 えもなく話せた。
最後に蟠りを残さなくて良かった。
(最後…)
缶の縁を噛む。
たった半年程度の記憶が長過ぎる。別に今生の別れでも無いものを、何を勝手に気に病んでいる。
「萱島」
はっと面を上げた。
知らぬ間に車体が停まっていた。覚えのある景色が窓に浮かぶ。
もう着いたのか。目を瞬く部下を、本郷はハンドルに身を預け覗き込んだ。
「俺が追い出したろ」
「えっ」
「居辛くなればてっきり、和泉の所に行くかと思ってたよ」
暫く言葉を反芻して、意味を模索しないといけなかった。
色味のちぐはぐな目を見詰める。
変わらず綺麗な顔をした男が唇の端だけ、ほんの僅か吊り上げた。
…じゃあ何だ、まさかアレは貴方なりの図らいだったのか。
真相はどうあれ萱島は唇を尖らせた。
仮に当惑する自分を可笑しく見ていたのなら、結構良い性格をしている。
「何の話ですか。俺はいい加減、一人の大人として真っ当になろうと決めただけだ」
「そうか…なら今のは忘れてくれ」
あっさり片付けた。
腑に落ちない。結局今になっても、彼の本意が1ミリも図れない。
黙ってしまった相手に、本郷はついと目を細める。
いつも良くやる表情だ。その余りにも見慣れた色で俄に手を伸ばし、此方の頭を撫でた。
「…お前は幸せになるよ」
エンジン音が途絶えた。
それで本当の静寂が満ちた車内で缶を握り締め、萱島は穏やかな彼に視線を捕われた。
「他人を愛して、愛される事が分かったんならそれで十分だよ」
髪を梳く。
手つきも声も視線も、途方も無く優しかった。
「分かったからこそ辛い事や、苦しい事がこの先沢山あるかもしれないが、何も心配する必要なんて無いよ。お前はこれから、何があっても大丈夫」
言葉がするりと胸中に落ち広がる。
珈琲とはまた異なる。名状し難い温もりは知らず、目の奥にまで込み上げた。
指先が軽く頬を撫で、ゆっくり離された。
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