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episode.7-5
同棲なんてとても無理だが、会いたい事は会いたい。
10分も歩けば近くに居るのだ。
その事実だけで閑静な部屋の中、ほんの少し頬が緩む。
「ん…?」
首を擡げた。
足音がする。
そう言えば隣と下の挨拶回りも済んでいない。
足しにもならない品だが一応、用意はしてある。
右隣の角部屋のドアが開いた。
隣人が帰宅したのだ。萱島は上体を起こし、耳を欹てた。
流石に帰宅間際は宜しくない。
然れど頃合いを見計らっている間に、再度ドアが開いた。
(…忙しそうだな)
後日にしようか。
ただ鍵を掛ける音も、階段を降りる音も伝っては来なかった。
どうも廊下にいらっしゃる様だ。
まあ挨拶だけでもと玄関に向かい、ひっそりドアを押し開けた。
「……」
隙間から部屋の外を伺う。
隣人は手摺に身を預け、煙草を吸っていた。
冗談だろ。
萱島が力を籠めたドアノブがみしりと音を立てた。
気配を察した男が振り向いた。
奇しくも間違いではなかった。
煙草を手にした弊社の班長代表が、棒立ちになって此方を見ていた。
「…はい?」
口が閉まらない。
くっそダサいスウェットに身を包んだ男は、どれだけ目を凝らそうが部下だった。
「なに?」
いやお前がなに。
眉間にこれでもかと皺が寄る。
彼は何か、暫く呆然と此方を見た後、静かに紫煙を吐いて再び景色へと向き直った。
野郎。
「おい、逃避すんな」
「…いやいや…ちょっと、今何処から出てきたんですか」
声が引き攣っている。露骨に嫌がる態度を隠そうともしない。
お互いとんでもない事態に出会していた。
目前の部下は現実を認めたがらないが、どうやら意図せず彼の真隣に居を構えてしまったらしかった。
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