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episode.7-6
「うわ、うわあ」
どう言葉にして良いやら分からない。
種々が綯交ぜになった感情を持て余し、唖然と声を漏らす。
「ああ…越して来たの主任の知り合いですか」
「違うぞ牧」
「じゃあ何してんすか。犯罪?」
みょんみょんと咥えた煙草が上下する。
萱島は真顔で口を開いた。
「あの、502号室に越してきました萱島です…どうぞ以後お見知り置き…」
「ちょっと」
「うん」
「何の嫌がらせですか!」
あろうことか襟首を掴まれた。
畜生こいつ、昔はあんなに優しかったのに。本当に最近の扱いと来たら。
「引っ越せやもっかい…!」
「な…なんでやねん!こちとらお前が隣に居る事なんか知らんわ!」
「嫌ですよ!主任にプライベートでまで遭遇するとか拷問じゃねーですか!俺の安住を返せこんにゃろう!」
「拷問ってお前…おい…泣くなよ」
揺さぶられ青ざめる。
一体何処まで自分を蔑めば気が済むのか。
宥める内漸く牧が落ち着いた。
いつもと立場が逆だ。部下は鼻を啜った後、悄然とした声で呟いた。
「まあ良いか…俺あんまこっちは帰って来んし」
「ああ…そうなの」
解決したのは良いが、既に萱島の心象はズタズタだった。
錯乱するほど嫌か。そうか。
「兎に角極力関わらん方向でお願いします」
「…何故だろう。入って来た頃はあんなに親切だったお前」
「俺は新人には優しくする主義だ」
「テメエ…畜生、分かりましたよ。千円で売ってそうなスウェット着やがって」
悪態を突くも、もう牧は今から上司に関わらない心づもりらしかった。
すっかり視線も寄越さず黄昏れていた。
驚きはしたものの、せっかく知った顔に遭遇して嬉しかったのに。
相変わらずうちの部下は頗る冷たかった。
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