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episode.7-7

「…怒ってんの?」 右隣から覗き込んだ。 絡むなと言われた手前だろうが、どうしたってつれなく振る舞われれば不安になるのだ。 本当は優しいから尚更。 揺蕩う物を見上げる部下を、雲間からの光芒が差した。 目を離した隙に陽が落っこちそうだった。 愛想の無い夕方が来ていた。 「寒いからさっさと中にどうぞ」 やっと隣から声がした。 携帯灰皿に煙草を消し、手摺から身を離す彼を間抜けに見据える。 何、自分宛か。 反応に失敗した萱島が呆然としている間に、彼はさっさと屋内へと戻ってしまった。 「あ…ちょっと」 思わず届かぬ制止を投げる。 「…置いてくなよ」 珍妙な状況に陥ってしまった。 一言物申すとすれば、決して此方に悪意は無いし、不満も無い。 孤独なマンションに姿を見つけた時、萱島は確かに救われた。 やっぱり牧は自分が嫌いなのだ。 不貞腐れ項垂れる間に、下から鉄筋を踏む音が近付いた。 カンカンと小気味良く響く音は、察するに女性のハイヒールだ。 億劫に目を其方に向ける。 「あっ、今晩は」 「…今晩は」 これでもかと化粧を乗っけた目が瞬いていた。 冬場に女性が腹を出すとは如何に。 もしかして彼女が左隣の住人だろうか。 何かどうでも良くなって不躾に放ったらかしていようが、相手の方は興味津々で見詰めていた。 「此方にお住まいの方ですか?」 流石に居心地が悪く口を開く。 「いえ、やだごめんなさい…!私ったら失礼にずっと見ちゃった」 口元を覆う彼女の仕草は天真だ。 言葉の選び方も含め、視覚からの印象を良い意味で裏切られた。 「私そこの501号室に用事があったんです」 思わず指差す先を二度見してしまった。 其処に住んでいるのは確か、まったく可愛げのない俺の部下ですが。

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