145 / 203
episode.7-10
休日に会社に来ると妙な心象になる。
自分が不在の間にも、何ら障害無く日は落ちて昇るのだ。
寂しいようなそわそわするような。
今日は元より人が少なく、メインルームに脚を伸ばしても振り向いたのは数人だった。
「間宮ちゃん」
「げっ」
もう良いどうせそんな反応だろうと思った。
萱島は憮然と唇を噛んだ。
「今日はお菓子はありません、さようなら」
「いらねえよばーか。戸和くんは?」
「下じゃないですか多分」
手で追い払われた。この野郎。
自分の管理下に居場所がないとはどういう事だ。
「…ムカつく」
何だそのシャツの柄。何処で服買ってんだ。
背中に罵倒を投げ付けようが、無論もう構ってくれない。
忙しい訳では無いのだ。恐らく。ムカつく。
腑に落ちないまま、ただ邪魔するのも憚られ、萱島は仕方なく部屋を後にした。
(なんか悲しくなってきた)
仕事を手放せば結局、何も残らないのではないか。
家に帰ってもひとりで、昔の場所に戻ってもひとりで、実のところ人生なんてそんな物かもしれないが。
「あ」
鬱憤に落ちていた視線が上がる。
いつもの彼が階段を伝って来るのが見えた。
「……」
「萱島さん?」
半ばで速度を落とした青年が、つっかえる上司を怪訝な顔で覗いていた。
ぶれない姿に不必要な蟠りがほどけた。
「引っ越し大丈夫でした?」
「うんまあ、大体」
蓋を開ければどうしたって、引き上げてくれるのは君だ。
今更ながら何故あの時花を買って来てくれたのか、折を見て聞きたい。
「忙しい?」
「いいえ、珍しいですね貴方が…」
部下の言葉が切れる。
萱島が腕を掴んで身を寄せた。
人が居ないとはいえ職場だ。そもそも普段も躊躇が前に出て、そんな事を余りしない。
「…どうしたの」
声が露骨に優しくなった。そのたった一言で、不具合がぜんぶ晴れてしまった。
ともだちにシェアしよう!