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episode.7-11
「何かあった?」
「……」
もう何も無いけれど。髪をもっと撫でて欲しい。
あったかい。顔が熱い。
顎を捉えてからキスをされた。
驚きこそすれ、建前とか人目とかを気に掛けて、身を捩るのを忘れてしまった。
「ふ、」
踊り場だから誰が通るか知れない。
いっそ晒されたらそれで良かった。君が居れば後は何だって。
ただ余りにも素直に受けていたものだから、余計に怪しまれてしまった。
触っただけで、深まる手前に唇が離れる。
黒い目がじっと答えを探して向いている。
「…話したくないなら別に」
不味い。余計な懸念を彼に乗せたくはない。
それでも惑う手に行き場がない。
結局袖を握り締めた。
「ちょっと来て」
戸和は無言で追従した。
流石に人目を気にするべきだ。
萱島は彼を率いて仮眠室へ向かった。
ユニットバスの完備された間は、ビジネスホテルに似ている。その中に追いやり、扉を閉めた。
改まった態度だ。大事でもあるのか。
黙っているや、微かに金属のぶつかる音がした。
後ろ手に鍵を閉めた萱島と目が合った。
上司は此方に近づき、手を伸ばし、襟元を掴んで唇を寄せた。
びっくりした。
さしもの戸和も虚を突かれた。
少し経って、漸く感触で悟った。
やけに必死に慣れない事をする、白くなるまで指先に力を込めて身体をひっつけ、勝手に一杯になっている相手が居た。
目は固く閉じている。それでどうにか繋げようとする。
下手くそ。
甘んじて受けていたものに見切りを付け、青年はさっさと肩を掴まえて主導権を奪い取った。
「っん、…ぅ」
また予測を飛び越える。
なのに余裕はちっともない。
仕掛けた割にいつまでも躊躇っていた舌を吸うと、ほんの些少な行為で蕩ける様に力が取れた。
「ぁ、っは…」
距離を取って見詰める。
頑張って息をして、懸命に立っていた。
ドアに凭れた身体を、両腕を突いて挟んだ。
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