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episode.7-12
「何」
完全に咎める口調だった。
「まさか誘ってるんですか」
訝しげに眉が寄る。呆然と頭上を見ていた萱島の頬が、瞬く間に染まりきった。
とんでもない事をしてしまった。
感情に任せて、弁明も出来なかった。
「…あ…その」
「散々俺から逃げまわってた癖に、一体どういう心境の変化ですか」
その通りだ。
身勝手極まりない。
けれど都合の良い自分を認め、震えても、未だ手を離せず仕舞いだった。
「ごめん」
「引っ越して寂しくでもなった?」
「それも、あるけど、その」
怒っている。多分軽蔑もされた。
断崖まで追いやられて、増して口が上手く回らなくなった。
「そ、うじゃなくて…あの時も、やだったんじゃなくて」
何て話せば良い。端から文字に起こせる情動では無いのだ。
青年は突っ立ち、助け舟も出さぬまま傍観していた。
「寧ろ、…嬉しくて」
本格的に言葉が詰まる。
眺めるばかりの相手を見上げ、息を飲んだ。
「…」
もう駄目だ。
元から鈍い頭が、余計に痺れてきた。
いつになっても愚かだ。伝えたい事情は溢れているのに、君に対して一寸も示せない。
「、ごめん」
何か言って欲しい。罵りで良い。
沈黙が辛いのはもう分かった。
事ある毎に反省をして、不甲斐ない自分を叱責して、今日も君の優しさに甘えようとした。
形だけ構えた自尊心など捨てれば良かった。
君は最初から真っ直ぐ、此方に向き合ってくれていたのに。
「どしたら良い?」
萱島が縋り付き、青年の傍観が崩れた。
手を伸ばしその頬を捕え覗き込んだ。
泣き出しそうに眉が歪んだ。
「…どうしたらしてくれる?」
張り詰めた声が乞うた。
建前だった職場で、気付けば自ら触って欲しいと懇願していた。
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