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episode.7-17

「わったしっとー…君だけのー」 ウィーン。 自動ドアの開閉音。重なってやけに耳につく旋律。 定時を過ぎたメインルームへ、今度はスウェットに身を包んだ姿が踏み入れた。 「恋をしたい…」 「うわ、何だお前」 紙束を手に歩いていた間宮がつんのめる。 幾ら社畜とは言え、休みの人間が2人も相見えるのは気持ちが悪い。 「俺?牧だけど」 「揃いも揃って会社大好きかてめーら」 「揃い?」 「萱島さんも来てんだよ」 ああ。そう。 聡い班長代表は早々と納得して口を噤んだ。 相手をして貰えないから戸和の所に逃げ込んだのか。 「しかも下行って戻って来ねえし、何処ほっつき歩いてんだか全く…」 「ん?何処って」 きょとんと牧が動きを止める。 間宮は間宮で訝しげに首を捻った。 黙る双方に奇妙な間が生まれた。 冗談だろう。 次第に班長代表の方が焦燥を浮かべ、甚く恐る恐る尋ねた。 「えっ、そん…もうそれは暗黙の了解的な物じゃないの、違うの?」 「はあ…?何がだよ」 「あれ、ちょっと待って…俺の勘違いなの?」 「いや、だから何がだよ」 毛程も思い当たる節がないらしい。 相変わらず怪訝な相手に、牧は半歩退いた。 幾ら何でも分かり易過ぎると思うのだが。 沼に片足突っ込んでいるだけに、この男も盲目になっているのだろうか。 「…へい、へい千葉!」 「何よ」 軽快に通過しかけた男を引き止めた。 襟首を掴んで現場に巻き込む。 「お前は主任が何処に行ったか知ってるな」 「知ってるも何も戸和の所だろ」 「ほら!」 「いや、だから何がほらだよ」 「いや分かれよ!!」 殆ど悲鳴に近い声を出す。 何が恋愛スペシャリストだ。何が新宿で5本の指に入る男だ。 この糞野郎。 ぼんやりと場を察したのか、千葉は面倒臭そうに突っ立って居た。

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