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extra.5-1 「同居時代のアフタヌーン」
滅多にやらないが、神崎とてそれなりにまともな品が作れる。
間違ってもケチャップだけでパスタをベタベタにしたり、うっかりイタリアンをごま油で炒める様な真似はしない。
次第にキッチンに香ばしい匂いが満ちる。
画面にかじりつきながらも、萱島がそわそわと脚をぶらつかせた。
「沙南ちゃんご飯食べる?」
「食べます!」
素直な返事が来た。
いつもそれくらい聞き分けが良ければ、手も掛からないのに。
ナポリタンを皿に盛る。しかし提供する段階になって、神崎の頭に宜しくない考えが過ぎった。
(…タバスコ)
徐ろに調味料を取り上げ封を開ける。
あろう事か、内蓋まで外して中身を残さずぶち撒けた。
カウンターキッチンは死角だ。
何も知らない萱島は、喜々として目前に与えられた餌に手をつけた。
「…いただきます!」
「どうぞ」
取り立てて意味もないが、歪みまくった雇用主は頻繁にこういう事をしでかした。
因みに大半の被害者は萱島だ。
まじまじ観察する先で、純真な子供は嬉しそうに赤いパスタをほおばった。
「………」
間が開く。
露骨にもぐもぐと動かしていた口が止まり、じっと皿の上の物を見ている。
ごくん。
飲み込んだ。暫く考え込んだ後、結局またフォークを巻き始めた。
「どうしたの沙南ちゃん」
無言で食事を進める相手に、神崎はいけしゃあしゃあと問うた。
「…なんでもない」
何処か悄然とした声が言った。
まあタバスコならば其処までの威力もないのか。
首を傾けて見ていると、矢張りそれでも萱島が鼻を啜り始めた。
仕舞いにボロボロ涙を流しながら、それでも律儀に咀嚼を繰り返している。
「しゃちょう」
「はい」
「…からい」
「そう?」
「結構からい…」
遂に音を上げた。幾らこの部下の舌がイカれているとは言え、結構なレベルの刺激物に仕上がっているらしかった。
萱島は出された物は残さず食べる。
増して人の作った物なら尚更、文句一つ言わず皿を空にする人間だった。
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