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extra.5-3

蚊帳の外で黙ってケーキを頂戴する。 口に入れると、ひりつく舌を上質な甘さが撫でる。 (美味しい…) 感動する萱島を、気付けば上司が甚く優しい目で見ていた。 思わず気恥ずかしさに縮こまった。 その視線が物理的なスイーツより、よっぽど甘いのなんの。 「…本郷さん」 「ん?」 「本郷さんは何で社長とずっと居るの」 割りと万人が疑問に思っていた件だった。 本郷は一瞬明後日の方向を見やり、次いで部下を見詰めた。 「それはな、萱島…例に出して申し訳ないが、例えば孤島にゴキブリと閉じ込められたとするだろ」 「おい」 「それで何やかんや月日が経つと、どんな生き物にも不思議と情が湧いてくるもんなんだよ」 「生き物…」 例えは斬新だが内容は納得した。 萱島とて厄介な男に依存していた歴史がある。 「まああの時は共通の理念みたいな物があったから、一瞬盛り上がってうっかり会社作って…要は若さ故の過ちだな」 「そう、若さに感けて軽率に動くとこうなるんだよ。要するにお前はしっかり考えなさい」 神崎が無茶苦茶なまとめを投げた。 ケーキを咀嚼しつつ首を傾ける。 うっかりついで10年近くも一緒に暮らせるものだろうか。 平らげた皿にフォークを乗せ、萱島はぽつりと心象をぼやいた。 「いいなあ…仲良くて」 頬杖を突いた本郷が目を瞬く。 「何言ってんだ、俺とお前の方が仲良いだろ」 「…本当に?」 「態々日曜の真昼間に帰って来た理由を考えてみな」 上司がジャケットの上着を探る。 次いで定期入れから出した物を此方の目前に並べた。 「何…何ですかまさか…」 名刺程度のそれを凝視する。 印字された字面を認め、萱島は立ち上がらんばかりの勢いで食い付いた。 「あ…!有○記念…!」 「いやー今年は絶対熱いだろ、なんせ件の女王が帰って来てんだから」 「お前ら会う度馬の話するの止めろよ」 「「何で?」」 見事にユニゾンする。 神崎は嘆息した。 感性が等しいから妙な所で結託するのだ。 せっかくの穏やかな好天の午後が。 呆れる家主を他所に、次の瞬間リビングのテレビにはやたらと俗っぽい緑の芝が一面に広がった。 (辛いのと甘いので丁度良い)

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