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episode.8-4
「…お疲れ」
隙間もなく雲が天井を閉じた頃、漸く会合はお開きとなった。
柵 から開放され、萱島は携帯を手に足早に邸を後にしていた。
「ごめん、ちょっと戻るの遅くなる」
やけに他人の存在が色濃い。
こんなに人通りが多かっただろうか、この付近は。
「うん、有り難う…」
通話を切った。
携帯を握り締め、萱島は券売機へ向かった。
彼処は確か、無人駅でICも通らなかったのだ。
760円の切符を手に改札を潜る。
図らず握り締めてしまった。折り目が生まれた。
『――間も無く、3番線に電車が参ります。白線の内側に下がって…』
あ、何をしているんだろう。
仕事を放っぽって。
唐突に素面に戻って思った。
萱島は先の一件に記憶を掘り起こされ、唐突に会社から行き先を変えていたのだ。
風を巻いて滑り込む車体を尻目に、それでも何かしらけじめを付けたかったのかもしれない。
“心の病巣は消えないのです”
自立支援施設に居た、カウンセラーの歯に衣着せない台詞が過ぎった。
“どんなに楽しい環境に出会えても、人として君が成長出来ても、この先一生記憶は離れず君に付き纏う。君はそれと共に生きる強さを持つ必要はあるが、決して抑圧しようとしてはいけない”
(…何を言っているのかさっぱり分からなかった)
勝手に人の先をとやかく言うなんて、酷く腹立たしかった。
けれど今になって悟る。
事実だ。
此処数ヶ月色んな事があった。
職場が変わり、取り巻く人間が変わり、大事に巻き込まれ、そうして気付いたら手放せない宝物が出来ていた。
喜びに逆上せて浮かれていたが、今日やっと思い出した。
(あの雀)
海馬を擽る。
無垢な瞳が重なる。
次いでやっと真相を引っ張り出した。
「…きいろ」
口にした。
名前を声にしたら、もう罪悪感が止まらなくなった。
切っ掛けは些細だ。
小枝の先を掠めただけで、ざわざわと大木を揺らし、やがて嵐が押し寄せる。
呆れるほど弱い生き物だった。
瞑目し、萱島は自らの脆弱さを呪った。
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