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episode.8-8

蹌踉と人並みを避ける。 タクシーを後にして、一端事務所で所用を済ませた。 (寒い) 真冬の世界を急く。 襟を寄せる。息は白い、それなのに。這い募る影に冷や汗が止まない。 一歩、二歩、恰も救いを求める様に会社を目指す。 いつまでも自分だけが隘路に迷い込む。 道行く人は、清々しく風を切るのに。 誰しもそれなりに辛い経験などしている。 なのに自分だけが、いつまでも自分だけが悲嘆に暮れている。 “私、もうあの子の担当を続ける事が” 白い廊下で彼女が涙ながらに嘆願した。 次の朝、萱島の部屋には直に臨床心理士が訪れた。 普通の子供なら巣立って行った。 自分だけがいつまでも、泥濘から立ち上がれず。いつまでも勝手に閉じこもり、些細な引っかき傷でのたうち回る。 妄想の影に追われ、いつまでもいつまでも暗闇を恐れ、何もない日常に苛まれて。 「…あ、」 人混みを避け、それでもすれ違いに失敗して肩がぶつかった。 「すみません」 謝罪だけ滑り出た。 然れど踏み出そうとして、胸を止められた。 反射的に顔を仰ぐ。 現実を疑った。目前に居た男に。 「驚いた」 苦しい。ではない。 事実として息が出来ないだけで。 死んでいるのかもしれない。 「邂逅とは思い難いな」 闇を掻き立てる声。 もう10年近くは聞いた音。 それに見合う瞳。 直視するには、余りにも抱く感情が複雑過ぎて、全身が拒否を示した。 「良い展開だ、手前を一度殴りたくてよ」 視界に副流煙が立ち込めた。 萱島のフィールドを埋める。視覚、聴覚、嗅覚。 全部熟知していた。投げ捨てた筈の、過去であっても。 「…霧谷」 笑みを象る。彼が右手を振り上げた。 余りにも覚えのある光景だった。 付随して色んな物が姿を現した。 何も出来ない。ただ当然の反応として、萱島は両目を固く閉ざした。

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