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episode.8-10
霧谷があの夏、バッドエンドに割り込んだのは偶然だった。
件の家で殆ど瀕死の萱島を見つけ、子供ながらに救急車と警察を呼びつけていた。
それからはお互いに脆く世の理も知らぬ年で、寄る島も見つからず墓場に流されていった。
この男もまた傷付いていた。
元から負っていた傷を萱島の姿に抉じ開けられ、結局2人して痛みを広げ合い、霧谷は相手を殴った。
殴って滅茶苦茶に抱いて、最後に優しくした。
離れられず、それはお互いで、薄暗い部屋で罵り合い、その実果てもなく依存し。
淀んだ沼にのまれ、沈む。
萱島は失った十数年を省みて思う。
好きでは無い。
断言して愛してはいない。
けれど、どう足掻いても嫌いと言えない。
最早そういうスケールじゃない。
「…もうやめよう」
吐息に等しく、それでいて幼子を諌める様な音だった。
互いで出口を固め、世界を完結させるのは馬鹿げてる。
明日へ歩こう。
先の読めない未来に、少しでも夢を見れば良い。
「昴…」
唇が名前を形作る。
狂気が唸りを上げ、今度こそ両手が気道へ襲い掛かった。
「っ……!」
喉仏へ親指が食い込み、呼吸を断つ。
蒼白な顔で萱島は悟った。
殺す気だ。
「、う…っぁ」
足掻く。苦しみに朦朧としながら、目で訴えた。
凍った面はぴくりともしない。
無理だ。
目前の死神が走馬灯を呼んだ。
乳白色の霞が覆う。
抗い、死に物狂いで懐へ手を伸ばす。
(駄目だ)
喉仏が減り込む。今際の際で銃を掴んだ。
夢中でトリガーを引っ掻く。
スライドが前後し、薬室へ弾丸を押し込む。
雷管が叩かれ、発火した火薬が煙を上げる。
簡素な音が響いた。
まるで戯曲の1コマだった。
哀しいほどすんなりと、欲した凶器は飛び出した。
「――…っ」
気道が開け、酸素が押し寄せ咳込んだ。
それもものの数秒で、直ぐに視界が開ける。
暴力から解放された萱島は、じっと動かぬ目前の男と見詰め合っていた。
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