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episode.8-12
これ程大量の人間が消失点へと流れて、二度と同じ姿は見つからず、やっと駅前の日常を作り出す。
全てに意志があり且つパターンを描く。
それは羊の群れで、然れど確かに道を知り行く者で。
トワイライトが急き、渾然一体となる。
有象無象。
カフェの硝子越しに帰宅する人々を眺め、萱島はストローを離した。
もう中身は無い。
グラスから漏れ出した結露が時の経過を伝えていた。
「…ねえ社長」
帰ろうと言い出すのに、先手を取って身を乗り出した。
「この間近くに新しいケーキ屋さんが出来て」
「今食べただろ」
「そうだけど、でも」
「いい加減会社戻んないとな」
腕時計を確認した相手に西日が落ちた。
萱島は何か、懸命に引き止めようとして、ただ名分が浮かばずグラスを握った。
秒針が巻く。
視覚に見える経過に、やんごとない焦燥が襲った。
「じゃ、じゃあ明日行こうよ」
「明日は終日出張だ」
「出張から帰ったら…」
「沙南、取り敢えず出るぞ」
矢継ぎ早な部下を遮り、神崎は伝票を手に席を立った。
手指に結露が伝う。
遠ざかる背に弾かれ、慌てて脚を動かした。
「社長、社長待って」
出口を押し開く。
ドアベルが鳴り、向かいから容赦無い真冬が吹き荒れた。
「社長」
風が脇を擦り抜け、看板を暖簾を叩き付ける。
影は果てまで伸びる。
斜光は瞬く間に過ぎ去り、万物のディティールはぶれ、夜の気配が躙り寄っていた。
惑い、一寸脚が躊躇う。
コートの中でネクタイピンを握り締め、他より更に色濃い件の影に怯えた。
「天候崩れるみたいだから気を付けろよ」
脚を止めたのを風の所為だと理解して、半身を向けた神崎が忠告を寄越した。
立ち去ろうとする、袖口を縋る思いで萱島は掴んだ。
「何処行くんですか」
「何処って、空港だろ。お前も雨降る前に戻れ、じゃあな」
人足と共に車体が増した。
殊更に喧しくなる。
クラクション、エンジン、アスファルトを踏む音、肉声
一切が抽出され、切り取られ別枠で展開される。
立ち竦む。
脚は地についているのに、此処に居ない。
進路も分からず、現実から弾き出されてエラーとなった。
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