169 / 203

episode.8-13

「社長」 最初から無かった様に、人垣から捜した姿が消える。 イマジナリーフレンドを抱いた、所詮は此処まですべてが空想だったのか。 「置いてかないで」 歩道を伝う。身体が留まる。 萱島の背後から獣の如く闇が追い抜いて、空から人からあらゆる物へ喰らい付く。 星も飲み込まれ先を失う。 大気が質量を帯びて、上から圧し掛からんばかりに四肢を広げ、世界の端から端を固めた。 果たしてこれが普遍に訪れる夜なのか。 陽が沈み、吹き出す闇はこんなに絶望的だったろうか。 「……」 眉を寄せ仰ぐ萱島を、ぞっとする程の冷気が包んだ。 外套の襟を寄せ、吹き荒ぶ寒波に耐える。 「…うるさいなあ」 覗き込む影が何か言った気がして、不快に苦虫を噛み潰した。 「分かってるよ」 ゆっくり地面から脚が剥がれ、覚束ない姿がやっと動いた。 記憶だけを頼りに、境目の無い道を辿る。 会社の場所を未だ覚えていて良かった。 何だか端から、崩れていく気がした。 神崎にも置いて行かれ、萱島はさっさと会社へ戻るべく脚を急く。 どんどん独りになって、世界が暗くなろうが仕方無い。 遡ろうが大凡、ロクな生き方をして来なかったのだから。 カリッ、カリッ。 ボールペンの先を、爪が引っ掻く。 先程こびり付いていた血は、綺麗に落とされて無い。 会社に戻り、何時もの席に着き。 背凭れに身を預け空を仰ぐ。 此処が切り開いた居場所だと思った。 やっと見付けた新世界だと感じていた。 その主軸として関係を結んだ、温かい青年のことを考えていた。 隣の空席を見詰めていた矢先、待ち侘びた彼が現れる。 (…和泉) いつもの姿を認め、張り詰めていた身体がするりと解れた。 また温められたくて、萱島は立ち上がり溌剌に声を掛けようとする。 ところが違和感を前に、開きかけた口が寸で凍っていた。 見た事もない。 いっそ蒼白な程、呆然とした戸和が其処に佇んでいた。

ともだちにシェアしよう!