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episode.8-14
「…主任」
何が。
努めて平静に問おうとして、喉が引っ付く。
携帯を握り締めた姿から目が離せない。
「今、ジムが」
ショートして、思考に空白が生まれる。
伝染したのだろうか。今度は萱島が真っ白な顔で相手を凝視していた。
ジム。
当惑した後、洪水の如く付随する情報が押し寄せた。
ジェームズ、ミンゲラ。
戸和が救わんと追い掛けた親友、此処へ来たそもそもの原因。
亡くなったのか。いいや、彼のこの反応は。
理解した瞬間、萱島は勢い良く相手との距離を詰めていた。
「――馬鹿何してんだ」
動けない姿に掴み掛かる。
力を籠め、何時の間にか本心から叱っていた。
「早く行け、もたもたすんな」
「しかし」
「いいから、一番大事な事だろ」
戸和が目を見開く。
御坂から連絡があったのか。恐らく、彼の親友は意識を戻したのだ。
必死に睨め付けていた。
萱島は言ってから、不意に虚しくなった。
一番大事な事だ。
君にとっての世界の軸は其処にある。
その中心が動けば、きっと自分からは容易く離れていく。
動揺しつつも、常にない剣幕が効いたらしい。
部下は一言、謝罪とも礼とも取れる返事を寄越し、車のキーを手に去って行った。
(…寂しいって何様だ)
周囲が怪訝に伺う中、萱島はもう黙って席へ腰を下ろす。
一体何時からこんなに烏滸がましくなったんだ。
君の未来を引き留めたいだなんて。
ネクタイピンが掌に食い込む。
どうせ昔も現在も変わらず、誰かに依存して生きるパラサイトでしかない。
初めて目の当たりにした戸和の表情を思い返し、ぐっと腕を握り締めた。
もう終わりにしようと決めた。
これ以上他人を巻き込み、犠牲にして生きる意義なんてないのだ。
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