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episode.8-16
明くる朝、神崎は本来必要ない電話を受けていた。
メルセデスのドアを閉め着信元に首を傾ける。
08:05 牧陽士
08:11 牧陽士
08:15 以下同様
軽く逡巡してメールを開けた。
先ほど、此方から送ったのは戸和の欠勤報告だ。
昨夜友人である御坂康祐に連絡を受け、件の青年が目を覚ました旨を聞いた。
副主任が駆け付けた件も。
察すれば現在、彼は通信機器も使えないあの独立国家で缶詰になっているのだろう。
(…新着1件)
展開して本文を認める。
端的な一文に益々疑問が生じ、早々と電話を折り返していた。
「――おはよう牧ちゃん、何だって?」
『何だっても何も、だから来ないんですよ。主任が』
不貞腐れたリーダーが口を尖らせた。
はて。
朝の一帯、間が生まれた。
『何も聞いてませんか?』
「だな。ちょっと待ってろ、家に寄って来る」
『頼みます』
神崎が寸断する癖を知っているが故、部下は先手を切って会話を終わらせた。
黙った携帯を無言で見やる。
さて、寝坊等聞いた例も無かったが。
幸い東十条は近かった。
駐車場に車を止め、勝手知ったるエントランスのセキュリティを潜り抜けた。
中途で何度か電話を掛けたが、一向に反応が無い。
そうこうする間に現地だ。
部屋を目前にどうしたものか、雇用主は暫し逡巡した。
「沙南」
致し方なくインターホンを押し、反応を待った。
夢の中なら手段が無い。
流石に鍵までは持っていない。
いっそ管理人にマスターでも借りるか、迷った手前ふとドアノブに手を掛けた。
只の確認であったが。想定外に、力を込めた儘あっさりと入り口が蓋を開けていた。
「…不用心な奴だな」
呆れに肩が下がる。
兎にも角にも在宅らしい、久方振りに訪れた室内を見渡し、矢先一点に視線が吸い寄せられる。
廊下に捜していた部下が居た。
冷えたフローリングに身体を投げ出していた。
眠っているのかと注視した先、
白い横顔があまりに人形めいて、気付けば駆け寄り膝を突いていた。
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