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episode.9-3
『とても酷な事を告げて申し訳ないよ。でも彼には四六時中側に居るべきだと言った。態々、自分の人生を曲げて捜しに来た親友なら、並大抵の関係じゃないからね』
御坂は神崎に似ているようで、その実しっかり情緒が存在する。
故に重ねている。全ての嚆矢と言って良い、あの出来事に。
『不可解なものでね、意識が無かろうと時に強い感情は脳波を揺るがすものなのさ。…おや、Mr.ホプキンスのケースでこの話したんじゃない?』
「否、聞いてない」
『そう言えば君…講義なんて出てなかったじゃない。そりゃ聞いてないよ』
講師の経験がそうさせるのか、はたまた今の職業病か。
誰が相手であれ、この男は諭す様な話し方をする。
『ただねえ、萱島君が居るでしょう』
そしてのらりくらりと核心を突く。
『あの子は優しいけれど、どうしたって自己完結型が治らない。和泉君に先ず話をして、そこでどうするかなんて彼が決める事なのに』
「そう、勝手に結末をネガティブな方向に抉らせて1人でのたうち回ってんだよ」
『おや』
話し手が一寸黙った。
神崎の発言が、何処ぞに引っ掛かったらしかった。
『…昔は逐一僕が説明しないと、相手が泣いた理由も分からなかったのにねえ』
「その親目線は止めろ」
『まあ兎に角結論を言わせて貰えば、当人に任せて待っていたら暗転すると思うよ』
満場一致。見識の広い相手に駄目を押され次が固まった。
矢張り全員がグダグダ足踏んだ所で、泥濘に埋まっていくだけだ。
「近くに居るんだろ、お前から話してくれ」
『構わないけど』
独立国家の長に物申せばあっさり了承が来た。
『僕も細かい経緯は…』
「良い、続きが聞きたきゃ聞きに来る」
『そう』
きっと、電話の奥であの如才ない笑みを浮かべただろう。相手に珍しく通話を切らせ、神崎は元居た場所へ踵を返した。
ダイニングに本郷は居なかった。
ラックに濡れた包丁と、俎板だけが残されていた。
先に見た。
野生に研がれた氷柱の様な目を思い出す。
萱島は逃げている訳じゃない、だから今迄とは違うのだ。
あの目は恐らく現実を余さず直視した上で、耐え切れず亀裂が生じ、中心から砕け散った色に違いなかった。
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