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episode.9-4

絵本みたいだね。 寝転がって、子猫を思わせる目で萱島が言った。 神様がほんの少し垂らした絵の具を、薄く薄く水で溶いていっぱいに広げて、その上にちょっとだけ綿菓子を乗せる。 そこへビルが生え、たまに鳥が掻き分ける。 風が時間を流す。 天井人が設計図を描いた、巨大なミュージアム。 大きな目に色が写し取られ、水面の様になっている。 本郷は静かに覗き込んで理不尽を覚える。 こんなに綺麗なのに。 健気に、世界を愛そうとするのに。 知らず知らず萱島の周りの酸素は薄まり、言葉も話せない中で殺そうとする。 苦しくする。 悲しい涙すら奪って、じわじわ干乾びる。 「寒くないか」 そう問えば大丈夫と言って、手を握られた。 なんて冷たいんだと思ったから包む様に握り直した。 水の中で漂っているみたいだ。 2人しか居ない、隔絶された空間で。 少ない酸素を分け合って、水草も無ければいずれ枯渇して、果ては死ぬのだろうか。それよりもきちんと、同じ景色を見れているだろうか。 心配した矢先、ふと大きな飴玉が此方を向いた。 じっと見て、するする光を失くした。 怖がっている。後ろの何かに気が付いて。 猫の様に俊敏に離れ、慄き距離を取る萱島を覗き込む。 「…どうした」 何も無いのだろうな、と直感的に分かってしまった。 そして自分が振り向いた所で、本当に何も無かった。 「影が、」 真昼の部屋は温かく、差し込む光に白い。 「影が…来ちゃうよ、本郷さん」 泣きもしないのに顔を覆うから、きっと何処かが痛むのだ。 「早く行かないと」 「何処に?」 「…外に行かないと」 譫言みたいで意味が取れないのが歯痒い。 でも先とは豹変して、姿の無い何かと戦っている。 行かないと、は自分に言ったのだ。 此方に抱き着いて絞り出した台詞に、本郷は漸くそれを理解した。 「本郷さんに触んないでよ…」 萱島は敵を目前にして、持て得る限りの憎悪を込めて威嚇していた。 「この人に触らないで」 一体傷付いて苦しいのか、作り出した世界が苦しいのか、愛を知ったから苦しいのか、そもそも生きるのに向かないのか。 本当に、君は一体。

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