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episode.9-5
沈んだ水中は南極の辺りらしかった。
だってしがみついた身体が、青く氷漬けになっていたから。
寒さに震えるのも止めて、小さな手がぽとんとシーツに落ちる。
「…やめよう」
ぐるぐる。
なのにさっきから大海でなく、水族館の鮪の様に一処を回り続けている。
「…やっぱり、家に帰るね」
急に情緒を引っ込めて萱島が言った。
グラスに入れた氷が溶けて、遠くでカランとぶつかる音がした。
「帰るって…1人に出来る訳無いだろ」
「大丈夫だよ」
まるで本郷の方が駄々を捏ねているように、平然と細い首を傾ける。
知らない間に陽が落ち始めた外から、ざらざらとした風が入り込んでいた。
「今日が無理って言うなら、明日にするから」
「…今日とか明日とか」
そんな問題じゃない。
同じ部屋に浮かんでいた筈の身体はすうっと透明になって、突然何か腑に落ちた心地で、静かになる。
否、今迄も静かであったが。尋常でなく。
「会社にも行く」
「別に…」
「ちゃんと仕事するよ」
「それは」
「明日は雨が降るから、外に洗濯物干さない」
そして青い海を、雷が貫く。
身を引いた萱島は柔らかく、いつもの幼子みたく笑ってしまった。
「心配かけてごめんね、もう平気」
返す言葉を全部取られた。
進路なんて見つけていない筈なのに。
助けてと言った姿が幻になって、昨日の今で影もなく飛んでいってしまった。
「もうちょっとだけ休み取って、片付けても良い?」
「…何にせよ体調が戻るまでは帰せない」
そうでないとお前、変な顔をしてる。
急に全部に区切りが付いて、平気になるなんて有りはしないのに。
「でも病院の人には問題無いって言われたよ」
「馬鹿か、睡眠薬流し込む奴がどうして…」
言うつもりの無い台詞を言ってしまった。
本郷ははっとしたが、萱島は数コンマ処理を考えてから、またも悪戯っぽく破顔した。
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